2017年4月、兵庫県尼崎市で任侠山口組が結成式を行ったことで、当時、同市内が騒然としたことがあった。同組織の関連組織周辺には、警備やマスコミの数が増え、物々しさを醸し出していた。それも月日の経過とともに落ち着きを取り戻し、町中が以前と同じ空気に包まれていた昨年の11月下旬に起きたのが、神戸山口組幹部射殺事件であった【参照「山口組に狙われ続けた神戸山口組幹部」】。尼崎市内随一の繁華街、阪神尼崎周辺でマシンガンが乱射されたこの事件の影響は、繁華街にとっては書き入れ時である年末にまで及んだのであった。
「11月にマシンガン事件が起きたので、どこの店も忘年会のキャンセルが相次いでいた」と話す地元の飲食店関係者も少なくはなかった。この事件をきっかけに、尼崎が六代目山口組と神戸山口組の抗争の舞台と化してしまうのではないかと震撼する市民が少なくなかったということだろう。
その尼崎市も、今回、六代目山口組と神戸山口組が特定抗争指定暴力団に指定されたことに伴って定められた警戒区域に含まれたのである。両団体は1月7日にも特定抗争指定暴力団として官報に公示され、暴力団対策法に基づくさまざまな規制を受けることになるが、例えば、警戒区域では組員が5人以上で集まったり、敵対する組織に対して抗争を誘発する行為をしたりすれば、逮捕の対象になる。
2012年に暴対法が改正され、特定抗争指定暴力団の指定制度が設けられて以来、同指定を受けるのは、同年に指定を受けた道仁会と九州誠道会(解散)以来となり、今回が2度目のケースということなる。ただ、2012年の時は指定を機に両組織が抗争を鎮静化させ、九州誠道会が解散することで指定も解除されており、指定期間における組員の逮捕者は出ていない。そのため、どのような行為や活動で逮捕されるのかという点では、前例がない制度といえるのだ。
「明確な逮捕基準がまだないために、当局サイドも、現場の捜査員になればなるほど判断しにくいという声があるようです。むろん、抗争が激化すれば、逮捕の基準も一気に跳ね上がる可能性もあるでしょう。組員が抗争に関連する行為をしたと当局が解釈すれば、ちょっとした行動でも即逮捕されることも考えられる。現時点では、何をしたら逮捕されるかということを誰も理解できていないわけです」(暴力団に詳しいジャーナリスト)
だからといって、今回の指定で必ずしも抗争が終焉する、もしくは山口組が壊滅状態になるかといえば、そうとはいえないだろう。特定抗争指定とは、あくまで抗争を拡大させないための措置であり、組織を壊滅させるために設けられた制度ではない。現に警戒区域以外では、これまでのように組事務所に出入りすることも可能であり、組員が5人以上集まってはならないという制限を受けることもないのだ。必然的に、警戒区域内に拠点を置いていた組織は、区域外の関連施設に臨時的に機能を移転させ、組織運営を行うことになるというわけだ。
「ただ、そうした施設近辺で抗争に関連するような事件が起きれば、当局はその地域も警戒区域に定めるでしょう。そうして、両組織の活動を取り締まっていき、抗争ができない状態どころか、通常の組織運営がしにくい状況へと持っていくことが狙いなのではないでしょうか」と法律に詳しい専門家は指摘しながらも、このような警笛を鳴らしている。
「警戒区域が拡大され、組織活動が制限されていく分、今後はこれまで以上にヤクザの身分を隠して、一般社会に溶け込んでいくケースが増えることが予想されます。それが海外のマフィアのように、地下へと潜るきっかけになり得る可能性もあるわけです」
これまでヤクザは、自分たちがヤクザであること、その事務所がどこになるかなどを、ある種の矜持を持って律儀なくらいに世間に示して存在してきていた。それは、どれだけヤクザに対する厳罰化が進んでも変わらなかった。ある意味、そのようにヤクザ組織や組員たちがわかりやすく社会に存在し、一般市民とは一線を画しながら活動してきたからこそ安心できる側面があったと、この専門家は指摘しているのだ。それゆえ、身分や活動拠点を隠されてしまったほうが、市民にとっては恐怖となるのではないかというのである。それはそうかもしれない。たまたま知り合った相手と親しく付き合うようになったら、後で実はヤクザの幹部だったと聞かされるケースも出てくるかもしれないからだ。
おかしな話かもしれないが、町中にヤクザの組事務所があり、そこに組員が出入りする……そうすることで地域住民は誰がヤクザの組員であるかを理解することができるという構図は、一般市民においても一定のメリットがあったといえるのかもしれない。いずれにせよ、今なお続く六代目山口組分裂抗争において、今回の特定抗争指定暴力団への指定は大きな転換期になるだろう。
(文=沖田臥竜/作家)