昨年秋以降、「関西初“出店”のツタヤ図書館」と話題を集めながら開館が延期になっていた新和歌山市民図書館が、いよいよ6月5日にグランドオープンする。
それに先駆けて5月18日からは、カフェエリアを除いて一部オープンし、その全貌がようやく市民に公開された。新型コロナウイルス対策のため、当面は椅子に座っての閲覧や学習室の利用ができないものの、2階の一般書と3階の専門書エリアには立ち入り可。本を選んで借りることはできるとのこと。
運営者は、TSUTAYAを全国展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)。同社は2013年の佐賀県武雄市を皮切りに、15年神奈川県海老名市、16年宮城県多賀城市、17年岡山県高梁市、18年山口県周南市と、たて続けに公共図書館の運営業務を受託。吹き抜け空間の壁面にそびえたつような高層書架を配置。建物内にスターバックスや蔦屋書店を併設したオシャレな空間が人気を呼び、武雄市では年間90万人(公称)もの来観者数があったとして「官民連携の成功モデル」と、各方面から賞賛を浴びた。
ところが15年9月、武雄市で同社が当時系列下にあった古書店から仕入れた追加蔵書のリストに、ウインドウズ98の入門書や埼玉のラーメンマップなど、除籍されるべき古い実用書が大量に見つかるという不祥事が起き、増田宗昭社長名で謝罪文を出したのがケチの付け始めだった。
古本騒動は、新装開館したばかりの神奈川県海老名市にも飛び火した。海老名市では、CCCの独自分類がわかりづらく、スタッフですら配架に時間がかかり、来館者も「本を探しにくい」と大混乱。一緒に運営していた図書館流通センター(TRC)がCCCの姿勢を公然と批判し、提携解消を表明(のちに撤回)する騒動に発展した。
その後も、全国各地でツタヤ図書館反対の住民運動が巻き起こった。15年10月には愛知県小牧市で住民投票によって、市長が独断で進めていたツタヤ図書館の誘致は中止に追い込まれるなど、CCCが図書館運営に乗り出した“すべての自治体で”、指定管理者の適性を疑うような不祥事や疑惑が起こった。
内部告発資料を独自入手
そうした大逆風にもかかわらず17年12月、CCCは初の県庁所在地への進出を果たす。和歌山市が南海電鉄・和歌山市駅前に建設を予定している新市民図書館の指定管理者として、CCCを選定したのだった。
その選定プロセスに疑問を抱いた筆者は、和歌山市に対して「和歌山市駅前再開発について(新図書館が入居する複合施設を開発した)南海電鉄と和歌山市が話し合った内容がわかるすべての文書」の開示を求めたところ、3カ月後に約1400枚の資料が送られてきた。
しかし、ダンボール箱にギッシリ詰まった資料を開くと、ほとんど真っ黒でカーボン紙の束でも詰められているかのようだった。かろうじて黒塗りされていない会議の日付や出席者、議題などを精査し、それを基に取材と追加の開示請求を行ってきた。
その結果、当サイトで何度も報じてきた通り、新市民図書館の指定管理者・選定委員会における不正採点疑惑や、CCCと関係の深い建設コンサルタントのアール・アイ・エーを南海電鉄が選定した際の談合疑惑などが浮上。
しかし、それでも和歌山市が最初からCCCを“決め打ち”していたことの決定的な証拠まではたどりつけなかった。
だが今月上旬、筆者は和歌山市の再開発事業にかかわる文書とおぼしき全数十枚の会議資料を入手した。
そこに記載されていた日付や出席者、議題から、筆者が和歌山市に請求していた開示資料と同一の文書であることが確認できたため、今度はその記載内容を市の複数の部署にぶつけてみたところ、いずれも記載内容がほぼ事実であるとの確信が得られた。
これまで黒塗り文書ばかり見続けてきた筆者にとって、14年6月3日から始まる「南海和歌山市駅周辺活性化調整会議 記録」と題した文書を、黒塗りなしでスラスラ読めるのは爽快極まりない。
送られてきたのは、本来1400枚以上あるなかの一部を抜き出したものだが、筆者がイメージしていた通り、CCCのフラッグシップとなった代官山T-siteを手がけた建設コンサルタントのアール・アイ・エーが前面に出てきて、駅前の集客を目的としてツタヤ図書館風の施設を建てるプロジェクトを強力に推進していたプロセスが手に取るようにわかった。
途中なぜかページの順番が乱れていたり、CCCが指定管理者に選定された後の18年5月の議事録も挟まっているなど、何か特別な意図があって該当部分のみを抜き出したかのようにも思えたが、最後に16年6月の会議録が出てきたところで、筆者は思わず息をのんだ。
公募前にCCCだけが市長相手にプレゼンをしていた
日時、場所、出席者、協議事項のあとに続く「議事内容」の欄に「1.和歌山市からの報告事項」として、以下のような記述があった。
<CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が市長プレゼンに7/8来庁予定 都市計画部、教育委員会も同席>
和歌山市が、2019年秋に開館を予定していた新市民図書館の指定管理者を募集したのは、17年10月のことである。それに応募したCCCと、そのライバルTRCが翌月11月に行ったプレゼンと提案内容を選定委員会が審査した結果、CCCが指定管理者に選定されたというのが、選定の経緯だ。
しかし、今回独自に入手した会議資料によれば、その1年以上前に、CCCだけが呼ばれて市長を相手にプレゼンしていたというのだから、これは抜け駆けである。試験本番前に、入学希望者と理事長が面接する“裏口入学”みたいなものではないのか。
ちなみに、CCCの市長プレゼンから3週間後の7月末、和歌山市は南海電鉄と和歌山市駅前再開発に関する基本協定を締結し、再開発事業は本格スタートしたのだった。
この件について市の担当部署に問い合わせてみたところ、「現在の担当者は、当時その会議には出席していないのでわからない」との回答だった。
もしかしたら、公務の世界では慣習的にこういうことが行われているのかもしれないと思い、別の和歌山市の関係者にこの事実をぶつけてみたところ、こんな厳しいコメントが得られた。
「これから事業者を募集しようという時期に、その候補者となる企業1社だけを呼んで市長プレゼンするなんて、とても考えられません。自分がそのとき、もしその部署にいたら全力で止めますよ」
しかも、事前プレゼンの席に、再開発を担当する部署と図書館を管掌する教育委員会のスタッフまで同席しているとなると、これはあきらかに確信犯ではないのか。
こんな文書は、黒塗りなしでは到底開示できないはずである。ある図書館関係者は、CCC選定プロセスについて、こう分析する。
「14年11月に市と県庁、南海電鉄の三者の実務スタッフ15名が大挙して武雄市を視察しています。おそらく、そのときにはCCCは新図書館の指定管理者に内定していたのでしょう。16年7月の市長プレゼンは、CCCが新図書館構想を完成させ、その説明と確認に来たものだと思われます」
なお、16年7月8日にCCCが市長プレゼンに来庁した件について、詳しく調べてもらえるよう担当部署に依頼しておいたところ、後日、以下のような回答が得られた。
「ほかの部署にも聞いて詳しく調べてみたが、そのとき本当にCCCが来庁したことを記録した資料は何も残っていなかった。可能性としては、市長のところに営業活動にきたということも考えられる。記録が何もないので、断定的なことは何もいえない」
新市民図書館が入る和歌山市駅前の再開発には、総事業費123億円のうち94億円もの公金が導入されていることがわかっている。それほど巨額の税金が投入されたプロジェクトにもかかわらず、公正・公平な手続きを経ずに、特定の私企業だけが優遇されているように見える。
そんな疑惑を払拭するためには、より情報開示を進めるしかないのだが、和歌山市はほとんどの資料を黒塗りにして会議資料の完全開示を頑なに拒み、和歌山県は1年で廃棄のため「不存在」と回答している。当のCCCに至っては、昨年来、不祥事が発覚するたびに送っている筆者からのメール等は完全無視の状態で、とりつく島もない。こんな状態では、疑惑は到底晴れないだろう。
和歌山市民は、いよいよ実現した「関西初“出店”のツタヤ図書館」のグランドオープンを、果たして手放しで喜べるだろうか。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)