合同労組「みんなのユニオン」からの突然の通知
本年4月23日、当職が長年、法律顧問を務める某会社に、「みんなのユニオン」を名乗る労働組合から、以下のような“通知”が届きました。
・貴社の職員から当ユニオンに対し、「新型コロナウィルス感染症による緊急事態宣言後、会社都合で一方的に突然の無給休業を宣告された」「会社都合の休業にもかかわらず無給が嫌なら有給休暇を使うよう強いられた」といった相談ありました。
・真実であった場合、組合員の権利が不当に侵害される可能性があります。速やかに職場環境を改善してください。
・法令違反が放置された場合は、行政当局への告発、捜査当局への被害申告、民事上の法的措置をとります。
・YouTubeチャンネル「タケシ『みんなのユニオン』」にて法的措置に関する会見を生放送する可能性があります。
・なお、心当たりがない場合は本書面を破棄して頂ければ幸いです。相談者に関する情報は一切お答えできません。
一瞥しただけで、ものすごい違和感を覚えました。
そもそも「労働組合」とは、労働組合法の規定に基づき2人以上の労働者が集まれば名乗ることができる団体であり、通常は、労働者の権利向上などのための活動をしています。
「ウチには労働組合なんて存在しない」という経営者もいらっしゃるかと思いますが、実は労働組合は会社内にいる人間だけでなくても構成することができ、会社の従業員が一人でもその労働組合に加入していれば、会社と団体交渉ができるのです(独立系ユニオンと呼ばれている労働組合がそうです)。
会社で残業代未払いや解雇などの労働問題が発生すると、従業員はこの独立系ユニオンに駆け込むなどします。その後、「団体交渉要求通知」といった書面が届くことになります。通常、この「団体交渉要求通知」には、
・貴社の従業員〇〇氏が当労働組合に加入しました。
・残業代が支払われていないとのことなので、さっそくですが憲法及び労働組合法に基づき団体交渉を要求します。
・団体交渉事由は、未払い残業代の即時支払い、職場環境の改善です。
・なお、団体交渉を拒絶した場合、不当労働行為として行政上の不利益が課せられますのでご注意ください。
といった文言が並びます。
このように、労働組合から会社に対し労働問題に関する通知が届く場合は、通常、「労働問題を抱える〇〇氏が労働組合に加入したので団体交渉をもって労働問題を解決せよ」という内容(労働問題の当事者である従業員の名前を明記します)がほとんどです(当職はそれ以外を見たことがない)。
しかしながら、前述の某会社に届いた“通知”は、「貴社の従業員の名前は教えない。とにかく職場環境を改善せよ。ムシしたら行政や刑事上の不利益を求めるし、YouTubeで法的措置をさらすかも。なお、間違っていたら破棄してね」というものです。当然、このような“通知”に困惑した経営者は即座に当職に連絡してきました。
しかし、実は、この会社、当職の指導の下、くだんの緊急事態宣言を見据え、自宅での業務ができる部署にはその体制を整え、また、自宅での業務ができない部署には会社都合による自宅待機期間中の6割分の給与を支給するなどの準備をしておりました。したがって、「みんなのユニオン」を名乗る労働組合からの通知は、はっきり言って「余計なお世話」でした。
不可解な「みんなのユニオン」からの通知の目的は何なのか?
正直なところ、当職は一昔前の敬天新聞を思い出しましたね。
かつて、ある会社から「敬天新聞という新聞社から、『〇〇会社は△△という不正をしている。反論があるなら2日以内に書面で主張せよ。ない場合は真実とみなし、記事で広く発表する』という文書が郵送されたのですがどうすればいいですか?」という法律相談を受けたことがあります。
今はどうか知りませんが、この新聞社、このような文書に困惑して電話をかけると、「記事を出してほしくないなら新聞を買え」という手法をとっていたようです。
「みんなのユニオン」の真意はわかりませんが、前述の某会社には当職の知る限り労働問題は生じていなかったのに、とにかく、なんら落ち度がないにもかかわらず、労働組合に「無給休業を宣告された」と相談したという従業員の名前も知らされないまま、「無視したら行政や刑事上の不利益を求めるし、YouTubeで法的措置をさらすかも。なお、間違っていたら破棄してね」と追及されたわけです。
労働者の権利を守る、職場環境の改善を図る、といった高尚な目的をもっているようなことはわかりましたが、果たして、“通知”自体の目的は一体なんなのでしょうか?
連絡してみたら「アトム法律事務所」という法律事務所だった
当職は“通知”に記載してあった電話番号に、“通知”を受け取った会社の者を(会社名は出さずに)名乗って架電してみました。すると、「アトム法律事務所です」という受付の女性が応対したので、「みんなのユニオンではないのですか?」と質問すると、「それもやっています」とのことでした。ただ「今、担当が会議中なので」とのことで詳しい話を聞くことはできませんでした。
なるほど、“通知”に「執行役員」として記載された「岡野武志」という方は、アトム法律事務所という法律事務所の弁護士だったのですね。
では、なぜ岡野武志弁護士は「みんなのユニオン」を設立し、あえて名前を伏せてまでして従業員から相談を受けた云々、事実が間違っていたら破棄して云々を“通知”してきたのでしょう。正直、まったくわかりません。
一般抽象的に「労働者の権利を守る、職場環境の改善を図る」という高尚な目的を言いたいだけなら、当方としても「はい、わかりました。がんばります(心の声:まぁ、余計なお世話ですけどね)」と返答したいところです。
しかし、前述の某会社の経営者が当職に相談せず、直接、アトム法律事務所と同じ電話番号の「みんなのユニオン」に架電していたら、その後はいったいどうなっていたのでしょう。職場環境の改善を図るための有償のリーガル・サービスでも案内・勧誘されていたのでしょうか。
そうであれば、すでに当職が法律顧問として指導している以上、やはり余計なお世話です。真相はわかりませんがね。
参考までに「弁護士等の業務広告に関する規程」の紹介
最近では弁護士もテレビCMなどを大々的にやったりしていますが、実はものすごく厳しく規制されています。特に「弁護士等の業務広告に関する規程」という規則があり、この中に「特定の事件の当事者及び利害関係者で面識のない者に対して、郵便その他これらの者を名宛人として直接到達する方法で、当該事件の依頼を勧誘する広告をしてはならない。」という規定があります(同規程6条)。
要するに「ある事件について、その当事者を知らないのに、いきなり『仕事をください』という広告をしてはいけない」ということです。
くだんの“通知”は、「実際に発生している労働問題」について前述の某会社宛てに「仕事をください」という広告をしたものではありませんし、当職も決してそうは思っておりません。しかし、前述の某会社の経営者が当職に相談せず、直接、アトム法律事務所と同じ電話番号の「みんなのユニオン」に架電し、話の中で万が一、職場環境の改善を図るための有償のリーガル・サービスでも案内・勧誘されていたら、当職としては心穏やかではいられません。
注意:本文は、岡野武志弁護士なりアトム法律事務所の名誉を毀損する意図はまったくありません。アトム法律事務所と同じ電話番号の「みんなのユニオン」から当職の法律顧問先に届いた“通知”の意図がまったくわからないため、当職が当該法律顧問先に伝えた内容を、同様の“通知”を落手した会社等の対応の参考となるよう、一般抽象的な法的見解として述べたものにすぎません。もし本文を理由に民事上、刑事上、行政(懲戒)上の手続きを執るのであれば全力で応訴します。
(文=山岸純/山岸純法律事務所・弁護士)
●山岸純/山岸純法律事務所・弁護士