ALS(筋萎縮性側索硬化症)に苦しんでいた京都の51歳の女性に多量の睡眠薬を投与し殺害したとして、2人の医師、宮城県仙台市の大久保愉一容疑者と東京都港区の山本直樹容疑者が嘱託殺人の容疑で逮捕された。ある種の睡眠薬には呼吸抑制作用があるので、全身の筋肉が徐々に動かなくなるALSの患者に投与すれば、呼吸停止が起こりうる。
京都府警は、死亡した女性の症状が安定しており死期が迫っていなかったうえ、2人とも女性の主治医ではなく、女性から山本容疑者の口座に150万円前後が振り込まれていたことから、「安楽死とは考えていない。安楽死か否かを問題にする事案ではない」との見解を示した。私も同感である。
もちろん、この女性がツイッターでつづっていたALSの苦しさと安楽死が認められない現状に対する複雑な心境を読むと、生き続けることが本当に苦しかったし、つらかったのだろうとは思う。「望まないのにこんな体で無理やり生かされてるのは人権の侵害だと考えます」「屈辱的で惨めな毎日がずっと続く」「安楽死させてください」などと切々と記述しているからだ。
しかし、だからといって、SNSを通じて知り合った医師がわざわざ京都まで行き、薬物を投与して死亡させることが許されるわけではない。これまで日本で安楽死か否かが問題になった事件では、主治医が患者の苦しみを見るに見かねて、あるいは患者や家族から依頼されてという事例が多かった。今回の事件は、主治医でもない遠方の医師が、わざわざ患者の元に赴き、薬物を投与しているという点で明らかに違う。
ドクターキリコになりたかった?
なぜ2人の医師がこのような犯罪に手を染めたのか、これから解明していかなければならないが、大久保容疑者については、ドクターキリコになりたかったことが大きいのではないかと思う。
というのも、大久保容疑者はツイッターで頻繁にドクターキリコに言及しているからだ。ドクターキリコとは、手塚治虫の漫画『ブラックジャック』に登場する、“死神の化身”の異名を持つ銀髪の医師である。作中で、ドクターキリコは死に直面した患者を、法律に触れない方法で安楽死させていく(「文春オンライン」)。
<やっぱりオレはドクターキリコになりたい。というか世の中のニーズってそっちなんじゃないのかなあ>(2013年4月10日)
<俺がもし開業するなら、ドクターキリコしかないなといつも思う。自殺幇助になるかもしれんが、立件されないだけのムダな知恵はある>(2014年1月17日)
ドクターキリコは“死神の化身”だが、死神も神にほかならない。いつ、誰を死なせるかをすべて自分で決められる、つまり生殺与奪(せいさつよだつ)の権を握っているという点では普通の神より偉いともいえる。そういう全能の存在になりたかったのではないか。
このように全能の存在になりたいと願う人の根底には、しばしば無力感が潜んでいる。大久保容疑者も呼吸器内科医として慢性の肺疾患や末期の肺がんの患者を担当し、無力感を味わったからこそ、全能感を人一倍求めた可能性がある。
本来、医師は病気を治し、人の命を救う存在だ。だが、いくら医学が進歩しても、治せない病気は多い。医師であっても、どうにもならないことは少なくない。だから、どんな医師でも多かれ少なかれ「人の命を助けたいのに助けられない、治したいのに治せない」という無力感にさいなまれ、苦しむ。
大久保容疑者は厚生労働省の医系技官として約7年半働いていたようだが、そういう選択をしたのも、無力感を払拭するためだったのかもしれない。医療政策を決め、全国の医師をリードする立場になれば、支配欲求が満たされ、全能感も得られると考えたのではないか。だが、若手の医系技官にそれほど大きな権力が与えられるはずもなく、無力感がさらに強まったとしても不思議ではない。
自身の無力感が強いからこそ、それほど苦しまなくてすむ死を患者に与えられる全能の神のような存在になりたかったのだと私は思う。同時に、人間の生死を支配できる死神になることによって、全能感を味わいたかったのだろう。
余罪があるのではないか
大久保容疑者は、ペンネームを用いて電子書籍やマンガ原作も執筆しており、その1つが『扱いに困った高齢者を「枯らす』技術 ―誰も教えなかった、病院での枯らし方―』という電子書籍である。その中で次のように述べている。
「病室に普通にあるものを使えば、急変とか病気の自然経過に見せかけて患者を死なせることができてしまう。違和感のない病死を演出できれば警察の出る幕はないし、臨場した検視官ですら犯罪かどうかを見抜けないこともある。荼毘に付されれば完全犯罪だ」(同書の説明文)
また、大久保容疑者の妻、大久保三代元衆院議員は、「旦那はよくアルバイトで医療行為をやっていた」と話している。この「医療行為」が実は嘱託殺人だった可能性も十分考えられる。だから、余罪があるのではないかという疑いを抱かずにはいられない。
というのも、大久保容疑者はイギリスの開業医ハロルド・シップマンを彷彿させるからである。シップマンは、1998年、彼の担当患者の死亡率が際だって高いことに疑いを抱いた同僚医師が検死官に相談し、捜査の結果シップマンが患者を殺害していた疑いが強まり、逮捕された。その後の捜査から、2002年にイギリス政府は被害者が最低でも215人と発表した。シップマンは、女性患者15人の殺害について有罪評決を受け、終身刑を言い渡されたが、2004年に刑務所内で首つり自殺をしている。
今回逮捕された2人の医師の場合、さすがに215人も殺害したとは考えにくいが、余罪の有無を詳細に調べるべきだろう。また、シップマンは、患者の名前を使い大量の鎮痛薬を入手し、自分で使用していたとして、薬物依存リハビリ施設に強制的に入院させられたうえ、「処方箋の偽造罪」で起訴され、有罪になった過去がある。2人の医師が、患者の名前で睡眠薬や鎮痛薬を入手し、自分で使用していなかったかという点についても慎重に捜査すべきである。
(文=片田珠美/精神科医)