総理辞任のニュースを、この人はどんな思いで聞いただろうか。自分の政権下で東京オリンピックを開催することを切望していたはずの安倍首相は政権に幕を閉じ、一方、この知事の任期は、あと4年は安泰。このままいけば自分が首長を務める都市でオリンピックが開催されるし、もしオリンピック中止などという事態になっても、この人はそれさえも自分の存在感をアピールする道具立てのひとつにしてしまうだろう。その人とは、もちろん小池百合子・東京都知事のことだ。
このたび刊行された『小池百合子 権力に憑かれた女』(光文社新書)は、そんな小池百合子の政治家としてのこれまでの遍歴を詳しく検証し、その政治家としての、また人間としての本質をえぐり出した好著である。著者は長年「週刊文春」で政治記事を担当してきた和田泰明氏。本書が始めての著書であるが、政治取材経験を積み重ねてきたからこその説得力ある分析と、それでいて新聞社出身のジャーナリストにはないダイナミックな視点が、十分な読み応えを本書に与えている。
都政専門誌「都政新報」のアンケートによると、都庁職員がつけた小池都政の評価点は、同紙の調査で過去最低の46.4点。それでいて都民からの人気はいまだに高く、先の都知事選挙ではほとんど選挙活動もしないまま、二期目の当選を易々と勝ち取ったのは衆知の通りである。
そんな小池都知事を、本書は「いわば権力に嫁いだ」人であると評する。小池に備わっているのは何よりも“権力欲”という資質であり、その能力を持っていれば、心が足りていなくても構わないと考えている節が小池にはあるという。直接選挙である都道府県知事にとって一番大切なのは大衆を引きつけるアピール力であり、築地市場の豊洲への移転をめぐる迷走も、小池の単なるパフォーマンスであったとみなせば説明がつく。要は自分が主役であることが証明できればそれで構わないのであり、そのことはこれまでの政治遍歴からも明らかであると、著者はさまざまな資料をもとに論証してみせる。そんな小池都知事にとっては、コロナ禍すら自分の存在に再び脚光を浴びるための格好の材料だったのかもしれない。
いっときは敵対した二階幹事長も、まさに狐が狸を化かすように味方につけた小池都知事。ポスト安倍政権のもとでさらなる権力欲を示し、自分の存在感をアピールしようとすれば、次に切るカードは「五輪中止」かもしれないと著者は説く。IOCや組織委、スポンサーがそれを許さなければ許さないほど、小池の血は騒ぐだろうし、「ちゃぶ台返し」こそが「劇場」を盛り上げることを小池は熟知しているはずだと、筋金入りの小池ウォッチャーである著者は記すのである。本書は小池という女性に牛耳られた都民のみならず、日本人にとっての警告の書であり、ポスト安倍の時代に備えるためにはぜひ一読すべき書物である。
(文=里中高志)
●里中高志
1977年埼玉県生まれ、東京都育ち。早稲田大学第一文学部卒。 週刊誌などの仕事をしながら、大正大学大学院宗教学科修了。 一時マスコミを離れて、精神障害者のための地域活動支援センターで働きながら、精神保健福祉士の資格を取得。マスコミに復帰したのちは、メンタルヘルス、宗教などのほか、さまざまな分野で取材、執筆活動を行う。 著書に『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)、『栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人』(早川書房)がある。