フランスが主導し、海上自衛隊や米国、豪州が参加するインド洋の北東部に位置するベンガル湾での海上共同訓練「ラ・ペリーズ」が4月5日に始まった。インド洋のレユニオン島などに海軍基地を持ち、南太平洋に仏領ニューカレドニアを有するフランスは、2019年からラ・ペルーズを実施しているが、今年はインドが初参加した。在インドのフランス大使館はインドの参加について「5カ国による訓練が『自由で開かれたインド太平洋』での協力を推進する機会となる」とその意義を強調した。
ベンガル湾は中国と国境紛争を抱えるインドの戦力圏であるが、近年中国のエネルギー調達にとって重要な地域となっている。米国との対立を深める中国は、米軍が警戒を強める南シナ海を回避するため、ベンガル湾に面したミャンマーの港から原油・天然ガスを中国に運ぶパイプラインを整備したからである。
今回の訓練は「インド太平洋地域で覇権拡大を目指す中国への明確な牽制となる」との見方があるが、中国側は「日米豪印の戦略的な枠組み(クアッド)は明らかに中国を標的にしている」と反発している(4月7日付日本経済新聞)。ラ・ペリーズが開始された5日、中国の要請で日中外相電話会談が急遽行われたが、その背景には中国側の危機感の高まりがあったと推察できる。
そもそも「中国包囲網」ともいうべき動きが出ている原因は、中国自身の行動にある。中国は自ら引き起こした新型コロナウイルスのパンデミック下で、好戦的な「戦狼外交」を繰り広げたことから、中国周辺に限らず、国際社会全体が警戒を強めるようになったのは今や周知の事実である。しかし中国自身はこの構図にまったく気づいていないようだ。
中国、米国と緊張関係にある国々と連携図る
3月18日に米国アラスカ州で米国の外交トップと会談した中国の王毅外相は3月24日から30日の日程で中東6カ国を歴訪した。米国と緊張関係にある国々との連携を深め「対中包囲網」にくさびを打つ狙いだといわれている。
最初の訪問国サウジアラビアでは国政の実権を握るムハンマド皇太子と会談した。中国外務省は「サウジアラビアは新疆ウイグル自治区や香港に関わる問題での中国の正当な立場を支持すると述べた。これに対し王氏は『サウジアラビアの内政に口を出すいかなる勢力にも反対する』と応じた」という。しかしサウジアラビア側は具体的な会談内容を公表しておらず、じっさいのやりとりは不明である。
たしかにサウジアラビアの国営石油企業であるサウジアラムコは「今後50年、中国のエネルギー需要を満たすことが我々の最優先事項である」と秋波を送っているが、サウジアラビアの安全保障に深く関与しているのは米軍である。サウジアラビアの人権問題に厳しいバイデン政権との間で微妙な舵取りが求められている時期に、中国側の「プロパガンダ」の材料にされてしまったことで、サウジ側は苦虫を噛み潰しているのではないだろうか。
26日に訪問したイランでは、今後25年間にわたる長期の協力協定(4000億ドル規模)に署名して話題となったが、具体的な内容は明らかにされていない。イラン国内では「譲歩しすぎだ」との声が早くも上がっており、先行きは不透明である。これによりイランも中国の広域経済圏構想「一帯一路」に参加することになるが、一帯一路については後述するように逆風が吹き始めている。
28日に訪問したアラブ首長国連邦(UAE)では、UAEのテック企業が中国産ワクチンの委託生産(年2億回分、中東向けに供給)を行うことで合意した。新型コロナウイルスのワクチン不足が世界的に高まるなか、中国が輸出攻勢をかけているが、「ワクチン供給を中国だけに頼れば外交リスクを抱える恐れがある」との警戒感も出てきている(4月4日付日本経済新聞)。
「一帯一路」の醜い現実
21世紀に入り破竹の勢いで経済を拡大させてきた中国の動向について、世界は常に注目してきた。習近平政権が掲げるメッセージは「一帯一路」であるが、バラ色のビジョンが綻び始め、醜い現実が明るみになってきている。
米国のウイリアム・アンド・メアリー大学などが3月31日、「中国が発展途上国向けに融資する際、中国にとって有利な返済条件となる『秘密条項』を多用している」とする報告書を公表した。中国が過去20年間に24カ国に対して実施した100件の融資契約書(366億ドル規模)を入手して分析した結果だが、中国優位の融資契約は「債務の罠」に陥った途上国の債務再編を困難にしている。その影響があったのだろうか、今年春に開催が予定されていた「一帯一路」の首脳会談(2017年と2019年に開催)は見送りとなった(4月2日付日本経済新聞)。
最近の中国を見ていると、豊かになればなるほど「不寛容さ」が目立つという奇妙な現象が起きているように思えてならない。その背景には、中国の悲しい近代の歴史が関係していると筆者は考えている。「自らは世界の中心である」との幻想に浸ってきた中国は、1840年に夷敵である英国と起こしたアヘン戦争で敗北したことを契機に、その後1世紀にわたり半植民地となったという苦い記憶がある。
昨年末、英国が太平洋地域に空母を派遣した際に中国は「またアヘン戦争でもするつもりなのか」と猛反発していた(2020年12月23日付中央日報)。一方、先日の米中外交トップ会談直後から中国国内のSNSでは「中国すごい」論が蔓延し、中国人の自尊心はこれまでになく肥大化している(4月6日付ニューズウイ-ク)。
精神分析学者の岸田秀氏は以前から「深刻なトラウマを患う中国は被害妄想に陥る傾向が強いが、これが転じて自我が肥大化すると手に負えない『モンスター』になる」と警告を発していたが、国際社会は試練の時を迎えているのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)