「だから、共有フォルダを1週間かけてさんざん探してみたんですよ。だけど、その間の文書はないんですよ!」
受話器の奥に響く担当者のイラついた声に、筆者はあぜんとした。公文書を管理・保管して適切に開示する責務を負う役所が、「文書がない」ことの責任を痛感して反省するどころか、“逆ギレ”といえるような反応を示したからだ。
保存年限が経過したことによる廃棄ではない。“のり弁”と呼ばれる、黒塗りされた不開示でもない。普通に開示された会議の議事録が、なぜか一部分だけゴッソリと抜かれていたのだ。これは、違法な公文書の廃棄や改ざんに等しい行為ではないか。
昨年6月、南海和歌山市駅前に新しい市民図書館がグランドオープンした和歌山市のことである。TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が運営する「関西初のツタヤ図書館」として注目を浴びたが、その華やかなデビューの裏側では、次々と不可解な出来事が起きていた。
下の写真は、和歌山市とCCCが2018年4月~19年12月の一部開館までの1年9カ月にわたって、新しい市民図書館の運営について話し合った定例会議事録の一部である。
和歌山市内の市民団体の代表者が昨年3月に開示請求を行い、30日の延長決定を経て6月4日に計48枚の議事録(添付資料含めると91枚)が開示された。個人情報や企業機密等にあたる部分は「一部不開示」とされてはいるものの、それによって黒塗りされていたのはほんの数カ所のため、ほとんど気にせずスラスラ読み進められる。
これを一通り読めば、新しい和歌山市民図書館のサービスをどのようにして、蔵書の分類や配架などもどのようにするかを、和歌山市が運営者のCCCと話し合って進めていったかがすべてわかる、はずだった。
ところが、いくら読み進めても、この議事録には筆者が知りたかった肝心のことが何も書かれていない。これはおかしいと思い、議事録の日付を詳しく見ていくと、途中のある時期のみ、記録が抜け落ちていることがわかった。その空白期間は、18年7月から19年3月までの8カ月間だ。
ほかの期間は毎月1~2回開催されている定例会のため、これだけ長期間にわたって会議が一度も開催されなかったとは考えられない。そもそも、一部不開示であれば、その部分の議事録が全面黒塗りになっているはず。また、不存在であれば、その理由(「保存期限が経過した後に廃棄」など)を明示したうえで、不存在の箇所が特定されているはずだが、それもない。
誰かが意図的に、この期間の議事録を抜いてから開示したとしか考えられない。そうだとしたら、開示された文書全体の主旨が大きく変わってしまう。公文書の改ざんともいえる不法行為ではないか。
8カ月にわたって一切の議事録が消失
以上のような経緯を、文書を開示決定した和歌山市教委・読書活動推進課の担当者に伝えたところ、こう回答された。
「わかりました。1週間だけ待ってください。その間に詳しく調べてみます」
その場で「そこの期間の議事録がないのは、こういう理由です」という説明は何もなかった。やはり、何かがおかしい。そして約束の1週間がたったが、担当者から連絡はない。しびれを切らして、こちらから何度か電話をしたが不在。10日後にようやく担当者がつかまって得られた回答は、実にそっけないものだった。
「ご指摘の議事録を、さんざん探してみたんですけれど、見つかりませんでした」
これまでの和歌山市の対応からして、そういう回答になるだろうと漠然と予想はしていたものの、「なくなった理由」についての釈明くらいはあるはずと考え、しばらく黙って続きを待った。しかし、沈黙が15秒以上続いた。それが回答のすべてだったのだ。
「もし見つからなかったら、当時のメモを基に簡単な記録を作成してください」と依頼していたため、その会議出席者のメモの存否などについても聞いてみたものの、「見つかりませんでした」と、同じ言葉が繰り返されるのみだった。
「ないものは仕方ないか」と、一度は諦めかけていたが、後日、この担当者に別件で連絡をとると、4月1日の新年度から別の部署に異動したとのこと。異動先を探し当てて電話してみたところ、別件で依頼していたデータについては、課長決済も終わっているので、まもなく送ってもらえるとのことで一安心。
ついでに、先日探してもらったCCCとの定例会議事録について、もう一度課内の人全員に保存していないのか聞いてもらえないかと言ったときに出た言葉が、冒頭の“逆ギレ”発言だった。
「いったい、何度言ったらわかるんだ。ないものはない」とでも言いたげなイラついた言葉に、筆者はあらためて反論することになった。
そもそも、8カ月にもわたって議事録が一切ないこと自体があり得ない。毎回、会議に出席していた職員全員が必ずメモをとっているはずだから、共有フォルダになかったら個人のパソコンのデータも調べてもらったら出てくるのではないか。それとも、和歌山市の職員は会議に出ても一切メモもとらない、だらしない人たちばかりなのかと反論したが、それでも「ない」の一点張り。
そこで翌日、この担当者の上司にあたる和歌山市教委・読書活動推進課の課長にも同じ主旨の質問をしてみたが、今度は反論こそしなかったものの、「さんざん探して見つからなかったんですから、それほど重要な会議ではなかったのでは?」「図書館移転の混乱で捨ててしまったのかも」という、おかしな言い訳に終始したのだ。
筆者がこの議事録の消失にこだわっているのには、理由がある。
昨年6月5日、南海市駅前の複合商業施設「キーノ和歌山」に、CCC運営の新和歌山市民図書館がグランドオープンした。CCC独自設計導入による工期遅延や開館準備の遅れに加えて、3月以降は新型コロナウイルス感染症対策のために、当初の予定よりも8カ月遅れの全面開館だった。
当サイトで、これまで指定管理者に選定されたCCCの“出来レース疑惑”や、図書館建設を市から委託された南海電鉄による設計事業者選定の“談合疑惑”などを、繰り返し報じてきた。そして昨年6月以降、そうした裏側のスキャンダルは一段落し、筆者はCCCが担う図書館運営の中身に絞って取材を続けてきた。
全面開館当時、地元メディアでは、素晴らしく見栄えの良いオシャレ空間のうえ、使い勝手も良い図書館として、多くの市民が喜んで詰めかけたと、手放しで称賛する報道があふれていた。
不祥事や疑惑に関する記録が一切なし
しかし、ほかのツタヤ図書館で問題になったことを和歌山市では、どのように対処しているのか、ひとつずつ確認していく地道な作業のなかで筆者は、不可解としか言いようがない事態に次々遭遇したのだった。
それは、「官民連携」の象徴とされている“ツタヤ図書館”においては、なぜか市民が知りたい重要なことほど、それを決定するにあたってCCCと協議した記録が、きれいさっぱりなくなっていることだ。
下の表は、昨年6月の同館のグランドオープン以降に、筆者が確認できた和歌山市民図書館のオペレーションにかかわる疑惑・不祥事の一覧である。
2019年12月 | 図書館カードの個人情報不安 | 12/19から貸出返却のみ可能な仮オープン時に配布されたTカード機能付図書館利用カードの説明書には、「カード作成するとダイレクトメールや営業電話がかかってくる」旨が明記されていたことがSNSで話題になった。 |
2020年6月 | ICタグ未装備事件 | 利用者が窓口を経ずにセルフで貸出ができる自動貸出機の読み取り方式がICタグではなく、バーコードからであることが判明。 |
2020年7月 | 独自分類騙し討ち導入事件 | 当初「2階5万冊」のみ導入するとされていたCCC独自のライフスタイル分類が「2階7万冊」と大きく増えたうえ、4階児童書コーナーにも導入されていたことが開館直後に発覚。 |
2020年7月 | タウンワークパート求人社名不記載事件 | 和歌山市民図書館のスタッフの求人広告に会社名を明記せず、あたかも市の直接雇用のごとく「和歌山市民図書館」としてCCCがパートタイマーを募集していた。 |
2020年7月 | 審議会委員人事のCCC関与疑惑 | 2018年3月から図書館協議会(翌年12月からは図書館審議会)に選任された委員がCCCから送り込まれた人物ではないかとの疑惑が浮上。 |
2020年9月 | イベント会場過密事件 | 9/2に4階・えほんの山コーナーで開催されたのイベントが過密状態になっており、「屋内イベント収容率50%以内のガイドライン」(当時の新型コロナウイルス感染症対策)に違反しているではないのかとの疑惑が浮上。他のイベントでも、定員100名のところ60名と、最初から基準を超えた人数を入れていたことが発覚。 |
2020年10月 | スタバ&蔦屋書店・激賃料問題 | 世間相場では、どんなに安くても月300万円はくだらないと言われる駅前一等地にある図書館のスターバックス及び蔦屋書店の家賃(行政財産の目的外使用料)が、月額19万円であることが判明。 |
2020年12月 | こども食堂イベント写真掲載事件 | 地元団体の支援を得て、CCCが市民図書館内で主催したこども食堂のウェブサイト上の告知に、同じ団体が他で開催した際の参加児童の顔写真がぼかしなしに掲載されていた。CCCは「事前に許可を得ているため特に問題ない」と回答。 |
2021年2月 | 司書資格者率激減問題 | 2019年3月末の直営時代は、司書有資格者が37名中32名で有資格率88%だったが、CCC指定管理になった2020年6月末には77名中26名と有資格率33%までダウンしていたことが判明。 |
2021年3月 | 読めない開業準備報告書提出事件 | 和歌山市がCCCに約1億円をかけて新図書館への移転業務を委託。その開業準備報告書が情報開示請求によって開示されたが、そのなかで「配架スケジュール」として掲載されていた図が不鮮明で、記載内容が読めなかったため、担当部署に問い合わせると「うちでも読めないんです」と回答。和歌山市は、1億円払ってCCCから読めない報告書を受け取ったことになる。 |
和歌山市ツタヤ図書館不祥事・疑惑一覧~運営・サービス編~
これらは一切、ほかのメディアで取り上げられていない。蔵書へのICタグ不装備、独自分類の児童書への騙し討ち導入、相場の15分の1以下という店舗(目的外使用)の激安賃料、司書資格者の激減、パート採用求人広告の社名記載違反、新型コロナウイルス対策のガイドライン違反など、1年足らずのうちに次々と発覚した疑惑や不祥事は、文字通り枚挙にいとまがないほどである。
信じられないことに、これらの詳しい経緯について和歌山市は、なんの記録も残していないのだ。
一例を挙げると、独自分類の騙し討ち導入がある。当初はCCC運営の他館で、「探しにくい」「体系だっていない」と批判を浴びたツタヤ図書館独自の“ライフスタイル分類”を、和歌山市では「2階5万冊のみ」に導入する予定だった。3階の専門書や4階の児童書等については、一般的な図書館と同じNDC(日本十進分類法)のままとされていた。
ところが、開館してみると、その対象が2階7万冊と大幅に増えているうえ、4階児童書はすべて、CCC独自のライフタスイル分類と同じ方式で分類・配架されていることが判明。「約束と違うでのはないか」と担当部署に問い合わせると、「4階はライフスタイル分類ではなく、市とCCCが話し合って決めた新しい分類だ」と釈明。だが、その体系についての情報は、CCCの許可がないと出せないと言う。
また、当初は全蔵書50万冊に自動貸出機を利用する際、瞬時に本のデータを読み取ることが可能になるICタグを装備するとされていたが、これまた開館してみたら、ICタグは未装備だった。自動貸出機では、スーパーのセルフレジと同じようにバーコードで1冊ずつ読み取る方式であることもわかった。これも「費用が高いのでやめた」というだけで、その間の見積もりや協議内容のプロセスは一切わからないままだった。
加えて、図書館内の一等地をCCCが和歌山市から借りている蔦屋書店とスターバックス
の賃料は、世間相場なら月300万円は下らないといわれるなか、月19万円と特別優遇さ
れていることも判明。さらに、CCC運営になってから司書資格者が直営時代の半数以下ま
で激減したことも、筆者の調査によってわかった。だが、そのことをCCCと話し合ったプ
ロセスはどこにも記録されていない。
少なくとも、ICタグ装備中止や独自分類導入などについては、市教委の担当部署が開館前からCCCと定例会で綿密に話し合っているはずなのだが、その時期の議事録がゴッソリないというのだから、そこには何か意図的なものを感じざるを得ない。いったい、なぜそこまで必死になって隠さなければならないのだろうか。
次回、和歌山市民図書館が開館跡に噴出した諸問題について、詳しく迫っていきたい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)