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小池都知事、「花粉症ゼロ」に起死回生賭ける…飛散元の多摩スギ、伐採進まぬ事情

文=小川裕夫/フリーランスライター
小池都知事、「花粉症ゼロ」に起死回生賭ける…飛散元の多摩スギ、伐採進まぬ事情の画像1小池百合子東京都知事(つのだよしお/アフロ)

 小池都政が発足してから、1年半以上が経過した。今や発足当初の熱気は見る影もなく、支持率は降下の一途をたどっている。人気凋落のターニングポイントになったのは、都知事でありながら総理大臣という椅子への欲望を剥き出しにし、昨年の衆院選において希望の党という新党を旗揚げしたことだろう。「都政に専念しろ」という有権者からの声は強く、結果的に希望の党は惨敗を喫した。

 衆院選の惨敗で、小池氏はいったん都政に専念する姿勢を見せた。東京五輪や築地市場問題など、東京都にはやらなければならない課題が山積みだ。それらを片付けることで人気回復を待つ構えだが、小池人気が復調する兆しは見られない。

 東京五輪も築地問題も、小池氏は就任前に威勢のいいタンカを切っていた。今に至ってみればいっこうに光明は見いだせず、それどころか時間とともにマイナス面ばかりが明るみに出てくる始末。

 そんななか、起死回生策として密かに注目されているのが、小池氏が以前から掲げていた“花粉症ゼロ”だ。

 小池氏は先の都知事選でも、そして希望の党を立ち上げた際にも公約として、いくつかの政治課題を解消する「ゼロ政策」を打ち出していた。都知事選では、「待機児童ゼロ」「ペット殺処分ゼロ」「電柱ゼロ」「満員電車ゼロ」などが挙げられていた。衆院選では、さらに「原発ゼロ」などが加わった。

 そんな「ゼロ政策」のなかでも、特に際立っているのが「花粉症ゼロ」だ。今般、日本人の5人に1人が花粉症患者といわれるが、実数はそれをはるかに上回っているとも推定されている。

「花粉症ゼロ」は小池氏肝煎りの政策らしく、都知事選でも衆院選でも掲げられていた。花粉症は、もはや国民病。治せるものなら治したいと願う有権者は多いだろうが、果たして政治でゼロにできるものなのだろうか。選挙時は「都政と関係ない」「政治で、花粉症が治せるわけがない」といった声も聞かれた。しかし、実のところ花粉症は政治課題として長らく議論されている。

発端は石原都政

 その発端は、石原慎太郎都知事時代にまで遡る。石原都知事は衆議院議員時代の1976年に福田赳夫内閣で環境庁長官を務めた。そうした経験もあって、東京都知事に就任して以降も国に先んじた環境政策を打ち出してきた。

 石原都政における環境政策といえば、ディーゼル車規制がもっとも有名だが、花粉症対策にも取り組んでいた。石原氏が花粉症対策に乗り出した理由は、花粉症とは無縁だった自分が罹患し、その辛さが身に染みたことだった。個人的な体験から出発した政策だが、石原氏が取り組むことで行政が花粉症対策を練るという新しい動きにつながった。

 行政が取り組む花粉症対策は医療・保健・福祉・健康分野にもまたがる横断的なものだが、それは林業政策にも及んだ。なぜなら、花粉症の原因物質とされるスギ花粉の多くは多摩山林から飛散してくるものだとされているからだ。「それならば、多摩の山林を手当たり次第に伐採してしまえばいい」というような声も、花粉症に苦しむ人たちからは出てくるだろう。しかし、事はそう簡単ではない。

 多摩山林のスギは、戦後間もない頃に住宅建材が不足したことで植林された。しかし、外国から輸入される安価な木材に押され、林業は衰退。後継者不足なども後押しして、多摩の山林は管理が行き届かなくなった。

 本来、山林は行政や森林組合などによって適正に管理されなければならない。伐採も計画を立てて着手する必要がある。いくらスギ花粉の飛散が多いからといって、乱伐することはできない。乱伐すれば、土砂崩れなどを引き起こす要因にもなる。

「大規模な土砂崩れが起きれば、スギが伐採できなくなる。それどころか家屋や人的被害も出る」(東京都産業労働局職員)

 すでに、花粉を出さない無花粉スギの開発にも成功しており、多摩山林のスギを少しずつ無花粉スギに植え替えるプロジェクトも始まっている。しかし、森林を適正に管理する人材も乏しければ、生育をつづけるスギの買い手もいない。多摩産材が大量に消費されることで植え替え速度が早まることから、東京都はもっと多摩産材を使うように呼び掛けている。

 東京都の呼びかけに対して、業者の反応は鈍い。負の連鎖が多摩山林を放置する結果を招き、それがスギ花粉の飛散量を増大させ、花粉症を重篤化させている。小池氏が掲げた「花粉症ゼロ」は、そうしたことからも決して嘲笑される政策ではない。

多摩産材の消費進まず

 ところが、いっこうに多摩産材の使用は増えず、林業再生へ道筋がつかない。今般、新国立競技場の建設計画案でも国産木材の使用が盛り込まれた。これにより、多摩産材がふんだんに利用され、多摩山林の伐採と適正管理が進むと期待された。

「新国立競技場に使われる木材は、国際認証を得ているものでなければなりませんが、多摩山林から産出する木材は認証を得ていません。仮に、今から取得しても新国立競技場に使用される可能性は低いでしょう」(前出・東京都産業労働局職員)

 小池氏は、多摩山林を活用する千載一遇のチャンスを逃した。新国立競技場に多摩産材が使われないとなると、木材需要を喚起して住宅建材などで大量に多摩産材を使ってもらうしかない。しかし、住宅建材でも多摩産材は苦戦中だ。長野県の製材メーカー社員は、こう話す。

「昭和30~40年代、東京同様に地方でも林業が盛んだった時期があります。その時期に植林された木が生育し、今ちょうど建材として売れる時期になっています。そのため、地方でも木材は余剰になっています。現在の木材需要を踏まえると、わざわざ高価な多摩産材を買う必要はないでしょう」

 長野県をはじめとする林業が盛んな地方では、余剰になった木材を住宅用建材として使用するだけではなく、公共施設などにも積極的に活用している。そうした木材利用が活性化したことから、商業施設や駅舎といった大規模な木造建築も増えつつある。また、最近では道路に付設されるガードレールにも木製のものがお目見えしている。全国に道路はあり、ガードレールの需要も多い。それらを木製化することで、国内産の木材需要を増やし、林業は活性化する。それが山林の適正管理、ひいては花粉症対策にもなる。

 小池氏が提唱していた「花粉症ゼロ」は、地方が知らず知らずのうちに率先して取り組んでいる。皮肉なことは、花粉症ゼロの旗振り役である小池氏のお膝元・東京都で木材活用が思うように進んでいないことだ。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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