AKB48が“会いに行けるアイドル”を打ち出し、社会現象を巻き起こすほどになったことが大きなきっかけとなり、アイドルとファンとの距離感は一昔前に比べてすっかり様変わりしている。
AKB48の場合は劇場版CDに握手券を封入しており、ファンが指定の会場に出向くというかたちだが、メディアに露出せず、ライヴを中心に活動している“地下アイドル”の場合、ステージを降りたらすぐに“物販”を行うことが多い。オリジナルのグッズが売られるほか、握手会やチェキ(富士フイルムのインスタント写真)の撮影会、サイン会などを通じて、アイドルとファンが交流するのだ。
一方、近年では握手会から発展した接触イベントの過激性が問題視されることも少なくない。地下アイドルのなかには、抱擁しながらのツーショットチェキ撮影、半裸となっての“手ブラ”チェキ撮影、“避妊具をくわえてファンと添い寝”といった、耳を疑うような撮影会の事例もある。また、多少毛色は違うが1時間デート券(CD100枚購入特典)といったサービスを用意する地下アイドルもいるという。
こうしたビジネスや文化はいかにして根付いていったのか。そして、過激化はどこまで進んでいくのか。
現役の地下アイドルでありながらライター業も行っており、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)などがある姫乃たま氏に話を聞いた。
平均月収12万円――6割は地下アイドルで生計が立てられない
「アイドルと地下アイドルの区別は難しいですが、私は物販でファンとツーショットのチェキ撮影をしているアイドルが地下アイドルだと定義しています。同じ地下アイドルでも、1枚のチェキを撮るのに500円かかるのか1000円かかるのかというところに、階級の差が出てきますね。
こうした大手事務所には所属せずに小さなライヴハウスなどで活動する地下アイドルは、全国に数えきれないほど存在します。3年ほど活動して卒業していく人が多いので、常に入れ替わっているということになりますね」(姫乃氏)
握手会を含む物販が、今のように定着した経緯とは?
「私が地下アイドルとしてステージに立つようになった2009年にはもう、ライヴと物販がセットになっているのが普通でした。人気のあるアイドルだとライブ後の物販だけでは時間が足りないので、AKB48は握手券付きのCDを販売して握手会を開いていました。
地下アイドルが登場する以前の90年代には、“プレアイドル”(アイドルの卵の意)が今の地下アイドルと同じような形態で活動していたと聞いています。プレアイドルも、メディアではなくライヴハウスを主戦場としていたそうで、現在の地下アイドルとまったく同じです。もし運営方法も同じなら、ライヴ後に行う物販の売り上げを頼りに活動していたはずなので、その際にファンとの握手もしていたのではないでしょうか」(同)
つまり、インディーズアイドル業界では握手会や物販に類似したものが“AKB紀元前”からあり、その歴史は想像以上に長いということだろう。
では、過激化する接触イベントについて姫乃氏の見解はどうか。
「キスとかハグとか添い寝だとかの接触イベントについては、ファンへの接客サービスに歯止めがかからなくなっていると言われますが、実際にはファンも一丸となって話題づくりをしているんじゃないかと思います。“炎上”による知名度アップが目的であって、それこそ過激なことは歯止めがかからなくなるので、そう何度も繰り返せるものではありません。話題づくりによってファンを増やしたいときに、一か八かで仕掛ける炎上商法ということです。
『職業としての地下アイドル』を書くにあたってアンケートを実施したところ、地下アイドル活動の平均月収は約12.7万円でした。つまり、地下アイドル業だけで生計を立てるのは難しく、OLやアルバイトなどと兼業している人が6割ほどを占めています。ライヴがない日はファンの新規開拓も兼ねてメイド喫茶で働いているケースも珍しくありません。物販の売り上げも大事ですが、副業でも稼いでいることを考えると、金銭のために過激な接触をするのは割に合わないように思えます」(同)
たびたび問題視されてきた過激な接触イベントは、恒常的に行われているものというよりは話題性(炎上)を狙って行われているものであり、その過激サービスで地下アイドルたちがぼろ儲けしているというわけではないようだ。
握手会や物販(撮影会)、ビジネス的うま味はさほど多くない
昨今は「SHOWROOM」などのネットサービスで生配信を行っている地下アイドルもおり、視聴者から贈られる仮想アイテムが収入につながることもあるという。「ギフティング」と呼ばれるもので、いわゆる“投げ銭システム”だ。画面越しに“在宅”で応援するという楽しみ方も、ファンにとっては選択肢のひとつになっているわけである。
しかし、ネットサービスが広まれば広まるほど、ライヴの“現場”が軽視され、物販の客足が遠のく恐れはないのだろうか。
「現場と生配信は別物だと思います。ときどきライヴ後の物販に並んでいる間にスマートフォンでSHOWROOMを視聴している人も見かけますが、直接会うのと画面越しに見るのでは魅力に違いがあります。どちらにも面白さはあると思いますが、生配信が好きで画面越しでも満足できるアイドルファンの人はあまり現場に来ないようです。
また、SHOWROOMで生配信をしている地下アイドルを取材することもありますが、彼女たちは収入のためだけにサービスを利用しているわけではなさそうです。宣伝の意味もありますが、それよりも例えば毎日自分の決めた時間に必ず生配信をすることが『私はアイドルとしてがんばっている』という確信につながっているようです」(同)
姫乃氏によると、話題のSHOWROOMも地下アイドルたちの大きな収入源になっているというわけではなく、いわゆる承認欲求を満たすツールとなっているということなのかもしれない。いずれにしても想像以上に地下アイドルを取り巻く金銭事情はシビアなのだろう。
握手会や物販(撮影会)は地下アイドルが成功を収めるための戦略として活用される側面もあるようだが、姫乃氏いわく、「実際はそう単純なものではなく、完全にビジネスだとは割り切れない」のだと言う。
「握手会などで直接顔を合わせて話せると、アイドルとファンとの結び付きが強くなりますが、握手をするのが本当に苦手なアイドルもいるので、そういう方が活動するのに現在のアイドルシーンは大変だなあと思います。
人気のある子はファンの人数も多いので、ファンの方々も握手をする一瞬に全力を注いできます。人の気持ちに敏感なアイドルだと、疲れ切ってしまうこともあるでしょう。そうすると辛い人には辛い“仕事”となってしまいます。
私は最近、握手を通して自分自身が癒されるようになりました。活動が辛いと長く続けられないので、それぞれの地下アイドルが無理をしないで自分の得意なところでがんばれるようになれば、今後のアイドルのあり方も変わってくるのではないでしょうか」(同)
単純な収益だけでは測れない地下アイドルのアイデンティティー
最後に、地下アイドルや握手会ビジネスの今後について聞いた。
「数年前にアイドルグループの解散が相次いで、世間的なブームは落ち着いてきているようですが、ライヴ現場の勢いは衰えている様子がありません。この先さらに、アイドルがメディアに登場する機会が減る時も訪れるかもしれませんが、元をたどれば『テレビに出られないならライヴハウスで活動しよう』というのが、プレアイドルや地下アイドルの発祥だったので回帰していくだけのことです。
地下アイドル業界は、技術のない女の子が自分には何ができるのかを探すために足を踏み入れる業界でもあり、いわばモラトリアムの受け皿としても機能しています。そのため文化としても廃れないと思いますし、ライヴ後の握手会などもこのまま継続されていくのではないかと考えています。AKB48のように人気のあるアイドルが、ライヴとは別日程で握手会を開くという現在のスタイルも当分続いていくのでしょう」(同)
アイドルとファンの関係性は一見、ただ握手や写真撮影をしているだけで何年も代わり映えしていないように感じられるが、それはシステムとしてどれだけ合理的かを表しているのかもしれない。
地下アイドルやそれにともなう握手会ビジネスは、確固たる収益を上げるビジネスモデルとして不確かな部分も多いが、そこには単純な収益のプラス・マイナスだけでは測れない、地下アイドルのアイデンティティーがあるように感じた。
(文=森井隆二郎/A4studio)