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江川紹子の「事件ウオッチ」第116回

「BTS問題」を嫌韓に利用する愚行から離れて…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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嫌韓感情を煽るだけのヘイト言論と露呈された矛盾

 ただ、原爆が日本の支配から自国を解放したと肯定的に考える人々は、韓国人だけではなく、東南アジアにもいる。なぜ、そうした認識が広まったのか。日本は、誤った歴史認識を正す努力をすると共に、かつての植民地支配や軍隊の行為がもたらした加害の歴史を省みることも必要だろう。

 ところが、そういう視点は日本の報道やネット上で、あまり見られなかった。

 代わりに目についたのは、嫌韓PRの絶好の機会と言わんばかりに、憎悪感情を煽り立て、BTS叩きに走るヘイト言論。そして、自らに火の粉が飛んでこないように立ち回る一方で、嫌韓の土壌を広げるメディアの姿だった。

 たとえば、排外的なヘイトデモなどで知られる「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の創設者・桜井誠氏は11月5日、自身のブログに次のように書いて、BTSが出演予定だったテレビ朝日の番組のスポンサーに対する抗議行動を煽動した。

「テレビ局が一番怖がるのは、こうしたスポンサーに直接抗議されることだとか」
「これらの企業に対して、『日韓基本条約破棄判決が出たばかりの現在、国民世論が日韓断交で湧き上がっている中で、こうした韓国人を出演させることを是とするのか?』『貴社は反日企業なのか?』など問い糺したいと思っています。恐らく、こうした問い合わせは、桜井だけではなく日本中の心ある皆さんが行っていることと思います」

 これに呼応して、抗議電話をした人たちが相当数いるらしい。桜井氏は翌日のブログでこう書いている。

「皆様の声がテレビ朝日ミュージックステーションのスポンサー側に届いているらしく、現在、数社の広報担当が集まってテレビ朝日側と原爆少年団の出演について話し合っているそうです……この声を無視するのであれば、第二のフジテレビとしてテレ朝への抗議デモを実施すれば良いだけ」

 韓流ドラマを放送していたフジテレビは、2011年から12年にかけ、何度も嫌韓デモの対象となり、韓流ドラマのスポンサーまで対象となった。同じように攻めてやるという、いわば恫喝である。

 それにしても桜井氏は、たかだかメンバーの1人が、原爆の写真があしらわれたTシャツを着ただけのBTSを、ああだこうだ言える立場なのだろうか。彼が率いる在特会は、8月6日に広島でデモを行い、「原爆ドーム解体」「被爆者利権を許さない」「血税にたかる被爆利権者は日本から叩き出せ」「広島平和記念公園を解体するぞ」「核兵器推進」と叫ぶなど、被爆者の思いを踏みにじる言動を重ねてきた。現在、桜井氏が代表を務める政治団体も、「核兵器の保有を目指します」と明言している。

 ほかにも、BTSが被爆者を傷つけたとSNS上で叫んでいる人たちの過去のコメントを見ると、人権擁護や核廃絶とは逆行する発言がいくつもあった。ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に対しては「反日」などのレッテルを貼りながら、BTSのTシャツで被爆者が傷つけられたように言い募るのは、明らかに矛盾している。

 また、ツイッターでナチス礼賛や「南京もアウシュビッツも捏造だと思う」といった歴史否認のコメントをした高須クリニックの高須克弥院長が、ナチスのマークがついた帽子をBTSメンバーがかぶっていた問題などを繰り返し米ユダヤ人組織・SWC(サイモン・ウィーゼンタール・センター)に通報し、対応をするよう焚きつけていたのにも唖然とした。

 要するに、彼らは韓国に対する憎悪感情の発露に、被爆やナチス問題を利用しただけではないのか。

 抗議を受けたテレビ朝日は結局、『ミュージックステーション』へのBTS出演をとりやめた。その理由は明らかにされていない。同局が公にしたのは、次のような曖昧なコメントだけだった。

「以前にメンバーが着用されていたTシャツのデザインが波紋を呼んでいると一部で報道されており、番組としてその着用の意図をお尋ねするなど、所属レコード会社と協議を進めてまいりましたが、当社として総合的に判断した結果、残念ながら今回はご出演を見送ることとなりました」

 例のTシャツが発端であることはわかっても、具体的な出演見送りの理由は「総合的に判断」でごまかされている。

 このような対応では、排他的な人たちの攻撃的で声高な物言いが功を奏した、と受け止める人も少なくないだろう。特に攻撃した側は、これを“成功体験”と考え、別のターゲットに対して、また同じことをするのではないか。

 11月10日付スポニチ電子版は、BTSについてフジテレビ『FNS歌謡祭』が出演の打診を撤回し、12月下旬放送予定だったテレビ朝日『ミュージックステーション・スーパーライブ』も出演案が消滅。さらに、NHKは一時、紅白歌合戦への出場オファーを検討していたが見送ったと報じた。これが事実なら、排外主義者の脅しが効いている、ということではないのか。

 この記事は、さらに次のように書いている。

「10月30日には韓国最高裁が日本企業に元徴用工への損害賠償を命じ、1965年の日韓請求権協定で『解決済み』の請求権問題を蒸し返したばかり。これに世界的に活躍するBTSのTシャツ騒動が加わり、テレビだけでなく、日本のメディア全体に“韓流締め出し”が広がってもおかしくない」

 本当は、このようなことで日本のメディア全体に“韓流締め出し”の風潮が広がったら、「おかしい」と書くべきだろう。文化やスポーツは、できるだけ政治的な対立の影響を受けず、自由に行われるよう、メディアはその自由を守る側にいるべきだ。それにもかかわらず、騒動は大きくなったほうがおもしろいという下心丸出しで煽っているのは、本当に嘆かわしい。

 その後、NHKが発表した紅白出場者のなかに、BTSはなかった。その理由もわからない。ただ、多国籍の女性グループTWICEは入った。すると、今度はネット上でこのグループについてのあら探しが始まった。韓国人メンバーの1人が元慰安婦を支援するTシャツを着ていたと騒ぎ始める者たちがいると、それをことさらに取り上げて、再び騒動が起きるのを期待しているかのようなメディアもある。

 いい加減にしたらどうか。このままでは、日本は文化的に狭量で排他的な国だと宣伝しているようなものである。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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