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片田珠美「精神科女医のたわごと」

京王線刺傷、無差別殺人の模倣の連鎖…死刑のための殺人が続出、犯罪抑止効果に疑問も

文=片田珠美/精神科医
京王線刺傷、無差別殺人の模倣の連鎖…死刑のための殺人が続出、犯罪抑止効果に疑問もの画像1
京王電鉄のHPより

 10月31日夜、東京都内を走る京王線の電車内で乗客が切りつけられるなどして、17人が重軽傷を負い、そのうちの1人、70代男性は意識不明の重体に陥っている。この事件で、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された24歳の服部恭太容疑者は「仕事を失って嫌になった。2人以上殺して死刑になりたかった」「ハロウィーンなので人がたくさん乗っていると思い、電車を狙った」などと供述したという。

「2人以上殺して死刑になりたかった」と供述していることから、いわゆる「死刑のための殺人」をもくろんだ可能性が高い。「仕事を失って嫌になった」とも供述しているので、絶望感から自殺願望と復讐願望を抱き、無差別殺人を企てたと考えられ、「拡大自殺」とも呼べる。

土浦市の事件

 同様の事件は過去にも起きている。たとえば、2008年3月に茨城県土浦市で発生した無差別殺傷事件である。

 2008年3月23日、土浦市のJR荒川沖駅で、両手に文化包丁とサバイバルナイフを握りしめた男が、全力で疾走しながら、手当たり次第に人に切りつけた。1人が命を失い、7人が重軽傷を負うこの惨劇を引き起こしたのは、4日前に土浦市内でまったく面識のない男性を刺殺した容疑で指名手配中だった当時24歳の金川真大元死刑囚(2013年死刑執行)である。犯行動機は「複数の人を殺せば死刑になると思った。誰でもよかった」だった。

 金川元死刑囚は、携帯電話を2台所有し、「おれが神だ」「おれがやることがすべてだ」などのメールを自分あてに送っていた。このことからも明らかなように、強烈な自己愛の持ち主であり、起訴前の精神鑑定でも「自分は特別な扱いを受けるべき存在」と思い込む「自己愛性パーソナリティー障害」と診断されている。

 もっとも、現実の金川元死刑囚は、高卒後進学も就職もせず、コンビニなどでのアルバイトを転々とするフリーターにすぎなかったのだから、「(没頭していた)テレビゲームの主人公に比べ、自分は無能」と感じたのも当然だ。こうした敗北感を一発逆転する手段は「魔法」しかないと思ったからこそ、「ファンタジーの世界」に憧れ、「魔法使いになりたい」と望んだのだろう。自分あてにメールを送っていたのも、傷ついた自己愛を補完するためだったと考えられる。

 このように、自己愛的イメージと現実の自分のギャップに悩んでいた金川元死刑囚の根底には、強い自殺願望が潜んでいた。彼は、朝起きて近くのコンビニにアルバイトに行き、帰宅するとゲームで遊んで寝るだけの毎日の中で、「生きがいが感じられず、満たされなかった。満たされるのは、ゲームをしている瞬間だけ」と供述している。

 そのため、自殺を考え始めたが、「痛い思いをするだけで死ねないかもしれない」ので、「一番手っ取り早く他人に殺してもらえるから」と選んだのが、殺人を犯して死刑になるという方法だった。

 逮捕後も、「誰かを殺して死刑になりたかった。ただそれだけ」「今でも死にたい。精神鑑定のときも、刑事責任が問えないと判断されたら、どうしようと思った。死刑にならなかったら、と不安だった」と繰り返しており、「こんなに時間がかかるなら、自殺すればよかった」とまで言っている。

 つまり、金川元死刑囚は、強い自殺願望を抱いていたものの、自分で自分を傷つけるのは痛いし、死にきれないかもしれないから、死刑によって自殺を遂行しようとしたわけで、典型的な「死刑のための殺人」といえる。

東京都江戸川区の事件

 その後も、「死刑のための殺人」は発生している。2015年11月12日、当時29歳の青木正裕被告(2018年に無期懲役確定)が、東京都江戸川区の自宅アパートに当時高校3年だった17歳の少女を連れ込み、首を絞めて殺害し現金を奪った事件である。

 青木被告は、殺害から2日後の14日に自首して逮捕され、強盗殺人と強盗強姦未遂の罪に問われたが、裁判員裁判で「連続殺人をして、死刑になろうと思っていた」などと供述した。その背景には、長年の欲求不満と孤独があったようだ。

 中学時代には同級生から無視される「いじめ」を受けたと訴えており、両親が別居して母親と同居したものの、母親からは愛されず、高校卒業後に専門学校に入学してから独り暮らしを始めたという。また、「人生で友人は1人しかいなかった」とも話している。

 さらに、動機について「バイトでは生活費などが足りず、消費者金融から100万円以上の借金があった。高血圧や、それによる心筋梗塞などの病気もあった。自暴自棄になり、自殺か連続殺人をして死刑になろうと考えた」と語った。また、自首した理由については、「事件を起こしてすっきりしたので、(自殺も別事件も起こさず)自首した」などと述べている。

 いうまでもなく、死刑は最も思い刑罰である。いまだに日本で死刑制度が維持されているのは、死刑への恐怖には犯罪抑止効果があると信じている人が多いからだろう。ヨーロッパのほとんどの国では死刑がすでに廃止されており、EUに加盟するには死刑廃止が条件になっているにもかかわらず、アメリカと日本で死刑制度が存続しているのは、やはり死刑の犯罪抑止効果への期待が大きいからだと考えられる。

 ところが、「死刑のための殺人」を犯す人間がいると、死刑の犯罪抑止効果に疑問符が付きかねない。当然、死刑の是非に関する議論も出てくるはずで、由々しき問題だと思う。

コピーキャット

 しかも、この手の事件は「コピーキャット ( copycat )」、つまり模倣を引き起こしやすい。無差別殺人犯の多くは、先行する同種の事件を模倣するからだ。たとえば、加藤智大死刑囚が秋葉原事件を引き起こしたのは2008年6月8日だが、事件の4日前に、<土浦の何人か刺した奴を思い出した>と掲示板に書き込んでおり、金川元死刑囚が起こした無差別殺傷事件に触発されたことは明らかである。

 さらに、秋葉原事件の後、加藤死刑囚に共感する若者が少なくなく、この事件を模倣するような大量殺人の予告や通り魔事件が続発した。加藤死刑囚自身が、新たな負の連鎖の震源になったわけで、この連鎖はいまだに続いているように見える。

 今回逮捕された服部容疑者も、今年8月に小田急線で乗客が切りつけられた事件を参考にしたという趣旨の供述をしているようで、「コピーキャット」による犯行といえる。こうした負の連鎖をいかにして断ち切るか、そろそろ本気で考えるべきだろう。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献
片田珠美『無差別殺人の精神分析』新潮選書、 2009年
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書、2017年
読売新聞水戸支局取材班『死刑のための殺人―土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』新潮文庫、2016年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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