衆院選の投票とハロウィンが重なり人出が多くなることも予想されていた10月31日、事件は起きた――。
同日午後8時頃、調布駅を発車して明大前駅に向かっていた京王線の京王八王子発・新宿行きの特急列車内で、男が突然、男性乗客の右胸を刃物で刺し、さらに車内にオイルをまいて火をつけるなどして、計17人が負傷した。列車が国領駅に停車後、住所・職業不詳の服部恭太容疑者(24)が駆け付けた調布署員に現行犯逮捕された。
報道によれば、服部容疑者は警察の取り調べに対し「2人以上殺して死刑になりたかった」などと供述しているとされ、詳しい動機などは今後の調べが待たれるところだが、今回の事件では事件発生直後の京王電鉄の対応も注目されている。
まず、事件は調布駅発車直後に起きたとされるが、列車は次の駅である布田駅では停まらず、その次の国領駅で停車(注:特急列車であったため、本来は両駅には停車しない)。そして国領駅に停車したものの、車両ドアとホームドアが開かなかったため、乗客らは窓から脱出後にホームドアを乗り越えるという行動を余儀なくされた。
京王電鉄によれば、乗客が非常用ドアコックを使用したために運転士が停止位置を調整するための加速ができなくなり、本来の停車位置より手前で停まったために車両ドアとホームドアの位置がずれ、ドアが開かなかったという。また、手動でドアを開けることはできるものの、乗客が転落する事態を懸念して車掌はそれを躊躇していたという。
結果的に乗客たちは刃物を持った容疑者がいる車両内に閉じ込められた格好となったわけだが、一連の京王電鉄の対応は適切だったのか、また、同様の事件が発生した場合に備えて鉄道会社各社は対策を取っているのかなどについて、鉄道ジャーナリストの梅原淳氏に解説してもらった。
梅原氏の解説
――車両はなぜ次の駅の布田駅で止まらずに通過し、国領駅で停車したのか?
梅原氏「調布駅と布田駅との間は600mしか離れていないので、仮に平均速度時速40kmで走行したとしますと、54秒後に布田駅に到達します。犯人が調布駅出発直後に犯行に及んだとして、乗客が車内の非常通報装置で乗務員に連絡したり、乗務員に直接知らせる時間はどんなに短くても1分近くかかるので、運転士が列車を急停止させたその瞬間がまさに布田駅を通過中だったと考えられます。
布田駅から国領駅までの間の距離も700mと短いので、逆に言えば、これだけの短時間でよく停止できたとは思います。当方が解説のために出演したテレビ局のスタッフが京王電鉄広報部に確認したところ、乗務員への非常ボタンが押されたのは布田駅と国領駅との間で、しかも国領駅に接近していたので急停止させたとのことです」
――なぜホームドアと車両の扉が開かなかったのか?
梅原氏「これもテレビ局のスタッフが京王電鉄広報部に確認したところ、国領駅では所定の停止位置よりも2、3m手前に停止し、位置を合わせてホームドアと連動させて車両の扉を開けようとしたところ、その前に乗客が非常用ドアコックを操作していたので車両を再発進させることができなくなったとのことです。
しかしながら、停止位置がずれていても非常用ドアコックが操作された扉以外の扉は自動で開けられますし、ホームドアも乗務員から手動で操作して開けることはできたと思います。ホームドアには非常時用の扉があるものとないものとがあり、今回はなかったようです。ただし、ホーム両端の乗務員室部分には手動で開閉できる扉があります」
――線路途中で停車して乗客を降ろすという対応はできなかったのか?
梅原氏「今回は布田駅と国領駅との間で急停止させたところ、たまたま停止した場所が国領駅であったので、それよりも手前で停止することはできませんでした」
――京王電鉄の一連の対応は適切だったのか?
梅原氏「車両の扉とホームドアとを開けなかった、開けられなかった点は不適切であったと思います。まとめますと、実は京王線の車両に限らず、鉄道車両は緊急停止して迅速に乗客を降ろすということをしづらい構造となっており、過去にも問題となりました。車両の扉を開けると危険といっても、海外を含めて過去の事故を振り返ると、扉を開けなかったために大事故となったケースは2003年2月に韓国の大邱の地下鉄で起きた放火事件をはじめとして、たくさんあります。かといって乗務員や駅員に完璧さを期することも難しいので、一連の動作を自動的に行えるシステムの導入が必要かと思います」
(文=編集部、協力=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)