10月1日より放送され大きな話題を集めているテレビアニメ『ブルーピリオド』(MBS)。山口つばさ原作の同作は高校生の主人公が一枚の絵に出会ったのをきっかけに、東京藝術大学(以下、東京藝大)合格を目指して奮闘する姿を描いた物語だ。原作コミックスは「マンガ大賞2020」や「第44回講談社漫画賞総合部門」を受賞し、累計400万部(2021年7月時点)を超える大ヒット作となっている。
美術大学の入試といえば、学科試験のほかにデッサンや作品の提出などの課題が課されることが多く、合格のためには一般の大学入試とは違った対策が必要とされる。しかし、明確な解答のある学科試験と比較して、合否をつけるために美術の作品を点数化するのは難しそうだ。そのため、どんな対策をしてどんな作品を作れば合格できるのか、素人にはなかなか見当がつかない。
なかでも東京藝大は“東京大学より入るのが難しい”といわれることもある超難関であるうえに、そんな入試を突破して入学した学生たちの人柄や生活にもミステリアスなイメージがある。2016年発売のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(新潮社)がシリーズ累計40万部を突破していることは、世間が東京藝大へ向ける好奇心の強さを裏付けているだろう。
そこで今回は、入試対策はもちろん、入学後の生活や進路に関しても謎の多い美術大学の内情を知るべく、神奈川県内に3校を展開する美術予備校「湘南美術学院」の学院長・佐藤武夫氏と営業部長・髙橋薫氏に話を聞いた。
“衝撃的な一発逆転”も可能? 美大合格に必要なたった一つの才能とは
先述したとおり、美術大学の入試の大きな特徴は実技試験が中心となる点だろう。これまでたくさんの生徒を美術大学へ送り出してきた学院長・佐藤氏いわく、この実技試験の影響で美大入試の世界では一発逆転がありえるのだという。
「学科によっては“衝撃的な逆転合格”というのもありえるんです。よくいわれるのは東京藝大。美術教育的な側面の強い芸術学科であれば、共通テストの点数が9割2分以上という“東大に手が届くくらいのレベル”でないと合格が厳しいといわれる一方で、油絵や日本画、彫刻、工芸といった純粋芸術の学科だと共通テストであまり点数が振るわなかった生徒が合格したこともあります。
最近ではバランスも重視されるようになってきたともいわれていますが、それでも実技試験の結果が見られる傾向が高いといえます。私立美大の場合は学科試験と実技試験の配点がしっかり決まっているので大逆転は難しいかもしれませんが、学科試験の点数が振るわなくても実技試験で点数を稼げたおかげで、滑り込み合格するというケースもあります」(佐藤氏)
しかし、明確な答えがなさそうに見える美術の作品で、確実に高得点が取れるように訓練するのは難しいのではないだろうか。
「過去の合格例を見て分析すると、その学科が重視しているポイント、すなわち合格するための答えはある程度見えてきますので、訓練によって合格できる絵に近づけていくことは可能です。アイデアが重視される試験であっても、実はフィーリングより論理的に伝わっているかどうかという点が重要になってくることもありますからね」(佐藤氏)
そんななかでも難関といわれているのが東京藝大だ。そもそも、東京藝大が難関といわれる所以を、自身と実子の親子二代で東京藝大卒だという佐藤氏は語る。
「東京藝大は定員数が少ないので、いくら実力があっても入学できるとは限らず、合格するには受験生のなかで上位数%に入らなくてはいけないわけです。ただ、生まれつきセンスや才能に恵まれた天才のような人しか入れないというわけではありません。あえて合格に必要な才能を挙げるとしたら、美術が好きで向上するための努力を続けることができる、その姿勢が大切です。
私自身、東京藝大を目指すと父親に宣言したとき、『うちの家系に美術をやっている者はいないから、お前にもそんな才能はない』と言われていたんです。ですが先ほどお伝えしたような、求められている答えに近づこうとひとつずつ課題をクリアしていけば、私のように天才でなくても東京藝大に合格できるのです」(佐藤氏)
さて、そんな難関を突破した藝大生は、ミステリアスなイメージで語られることも多い。
「藝大生は、絶対に東京藝大に通いたいという気持ちを持って1年目でダメなら2年、3年……と何度でも受験にチャレジして合格している人も多いんです。そのため、自分のこだわりを突き詰めた結果、マニアックな趣味嗜好になっている人の比率は、確かに高いかもしれません。私が在籍していた当時もすごく頭が良い人や音楽に詳しい人など、さまざまな分野に強い学生がいました。
また、専攻や授業にかかわらず、自分の関心のあることに対してアグレッシブに動く人も多いですね。サークルなどの横のつながりから自分の専門外の分野の手伝いをする人や、大好きな映画監督のもとに何度も押しかけて弟子入りを懇願している人などもいますね。 好きなものに素直に向き合っていく姿勢は今後の社会においても大切な姿勢の一つだと思います」(佐藤氏)
日本画、版画、油絵専攻でも就職率95%超え?近年は美大出身者の需要増加
では、美術大学を卒業した学生の進路はどうなっているのか。
「情報化社会の現代においてはウェブや3D、ゲームといった分野で美大出身者の活躍の場がどんどん増えています。アートディレクターやプロデューサーという立場で仕事をしている方も多いですね。もちろん、アーティストやデザイナーとして活躍する方も少なくありません」(髙橋氏)
確かに今の時代、デザインや映像に関する分野を学んだ学生は引く手あまたなのはわかる。しかし、油絵や日本画、彫刻といった純粋芸術の場合、そのスキルを発揮できる場面が少なさそうに思えるが。
「いえ、純粋芸術を学んでいた学生も同じように就職率は高いです。というのも、たとえばデザインに関する求人があった場合、デザインを学んでいた人たちからたくさん応募があるわけです。ただ、彫刻を学んできたという人は少ないことがアドバンテージとなり、採用する側の目に留まりやすくなることもあるのです」(佐藤氏)
「生徒の親御さんは、美術大学を卒業してきちんとした仕事を見つけられるのかという点で心配されることも多いですが、たとえば多摩美術大学の日本画専攻、版画専攻、油絵専攻の就職率を見ると毎年だいたい95%以上で、就職率は高いんです。昔なら純粋芸術系学科の卒業生は、自分の作品を作りたいから就職をしないという選択をする人も多かったのですが、最近は学んだことを仕事に活かせる場が増えていることから、就職し社会で活躍するケースも多いですね」(髙橋氏)
特殊な世界と思われがちな美大だが、どうやら訓練次第で美大受験の合格に近づいていけるし、美大卒業後の職業選択の幅も決して狭くはないようだ。
(取材・文=福永全体/A4studio)