●CVライセンスを考案した理由とは
さて、ここで再び、インタビューに戻りたいと思います。
江端:「これまでもマンガ家の先生方の『事実上の黙認』で、二次創作同人誌は、見逃されてきていたと思います。なぜ今回、先生は『黙認マーク』を案出されたのでしょうか」
先生:「まず、CCライセンスと同様に、マークにすると取り扱いが簡単だからです。それと、一番大きな理由はTPP(環太平洋経済連携協定)です。TPPによって著作権法が改正されて、著作権侵害が非親告罪化されてしまうと、マンガ家の意思とは関係なく、検察が二次創作同人誌の作者を起訴することが可能になります」
江端:「そうですね」(注1)
先生:「例えば、ある同人サークルを快く思っていない人がいたとしましょう。そして、私のマンガの二次創作同人誌をつくったという理由で、その同人サークルのことを警察に通報したとしますよね。
TPPによって著作権法が改正された場合、警察も道義的義務を果たさなければいけませんので、これを無視しにくいです。すると恐らく警察は、私に
『先生は、このマンガの利用を正式に許諾されていたのですか?』
と尋ねてくるでしょう。私は
『いや、別に許諾はしていないけど……』
と答えざるを得ません。
『それでは、先生はこの件について、民事でも告訴していただけますね』
という流れになると思うのです。マンガ家たちは、こういう面倒なことに、巻き込まれたくないのです」
江端:「先生のCVライセンスマークによって、そのようなことが起こらなくなるのですか?」
先生:「第一に、警察が検挙をためらうことになるはずです。黙認は許諾ではありませんが、『許諾の一歩手前』という感じですよね。もし、警察が二次創作同人誌の作者を検挙した後で、マンガ家が許諾してしまったら、警察の努力は無駄になるだけでなく、恥をかくことにもなります。ですから、警察は簡単には動けなくなると予想しています」
江端:「警察にとっても、大きなリスクになりますね。ところで警察は、このような二次創作同人誌を摘発したいと考えているのでしょうか。随分、面倒な仕事が増える気もしますが」
先生:「確かに、警察にとっては迷惑な話かもしれません。しかしエログロ同人誌を嫌悪する人は確かにいます。そのような市民から正式に要請されれば、なかなか無視はしにくいでしょう。それと、もうひとつ、『摘発した品々を部屋いっぱいに並べてマスコミに公開する』ということを、警察は定期的に実施したくなることがあるそうです。これも時期によりますが」
江端:「……はあ」
先生:「下着ドロボウが盗んだ女性の下着を、部屋いっぱいに並べてマスコミに公開する、アレですよ」
江端:「腹の底から、理解できました」
先生:「第二に、二次創作者に『私は、マンガ家の先生から黙認されている』という安心感をもって創作をしてもらえるようになります。
二次創作同人誌は、すぐに裁断スキャンされて、インターネットで勝手にダウンロード公開されるなど結構ひどい扱いを受けていますが、“黙認”を武器に、二次創作同人誌の作者自身による公開の差し止めや損害賠償請求なども、これまでよりずっと楽な気持ちで行えるようになると思います」
江端:「なるほど。よくわかりました。しかし、私としてはCVライセンスマークをつくってまで、先生が二次創作同人誌を守ろうとするお気持ちが、正直よくわかりません。確かに先生が『面倒に巻き込まれる』という可能性はありますが、それは『著しい不利益』とまではいえないのではないでしょうか」
●世界に認められる日本のマンガやアニメ
先生:「今、日本のマンガやアニメが翻訳されて、世界中で配布されています。なぜ、日本のマンガやアニメが、こんなに世界で認められていると思いますか?」
江端:「えーっと、それは、世界中で受けいれられるほどに、優れているから……ですか」
先生:「私は、日本人は世界で一番、マンガを描くのがうまい国民だと思っています。マンガを描く人口が、他国より圧倒的に多い。つまり、裾野が広いのです。どの分野であれ、広い裾野の中を闘い抜いたトップクラスが、世界に打って出られるのは当然のことでしょう。米国のバスケットボール、ブラジルのサッカー、どれも広い裾野が、その高いレベルを支えているのです。」
江端:「なるほど」
先生:「だからコミケは、我々日本人にとって、守るべき価値があるのです。それは単に創作意欲を守るだけではなく、我が国の国益の観点から、『クールジャパン』を実現する為にも、絶対に保護する必要があるのです」
江端:「国益……ですか?」
先生:「例えば、ある日本のアニメは、国内で放送してから、わずか数時間後には字幕付きになって、ネットにアップロードされています。また、フランスにおける日本のBL漫画の人気は半端ではありません。このように需要のある日本のコンテンツを
『積極的に世界に売らずして、いったいどうするんだ』
とさえ思っています。それだけでなく、このような日本発のコンテンツは、世界平和にも貢献すると思っています」
江端:「世界平和!?」
先生:「例えば、『キャプテン翼』(集英社/高橋陽一)のイラストの入った装甲車が、サマーワにおいて攻撃されなかった、という実話もあります。マンガやアニメには、さまざまな主義や主張をも超える強いパワーがあるのです。
我が国は、むしろ『萌え』『カワイイ』『ヘンタイ』『BL』を世界に積極的に発信し、例えば『ツンデレ』という価値観の下、コンテンツ消費型のオタク男性を大量につくり出すことで、世界中から物理的な暴力行為を低減させ、世界平和を目指すことができるのではないでしょうか!」