新年早々、国際情勢が揺れている。
旧ソ連邦諸国のなかで「最も安定的」と見なされてきた中央アジアのカザフスタンで暴動が発生、ロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO:ロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、タジキスタン、キルギスタンが加盟国、2002年に結成)が抗議デモを鎮圧するために介入する事態となっている。CSTOの部隊派遣は史上初めてだ。
新年から車両用液化石油ガス(LPG)価格が2倍に急騰したことが、暴動発生のきっかけだった。1月2日、最初に政府に対する抗議の声が上がったのは、皮肉なことに産油地帯である西部マンギスタウ州のジャナオゼンだった。国民の怒りは、4日には金融の中心地である最大都市アルマトイや首都ヌルスルタン(旧アスタナ)などに波及した。アルマトイ空港や大統領公邸などがデモ隊に占拠される事態となったことから、トカエフ大統領は非常事態宣言の発令を余儀なくされた。
中央アジア最大の産油国であるカザフスタンはオイルマネーの恩恵を国民が享受できるよう、補助金を支給してLPG価格を低廉に維持してきた。だがカザフスタンは近年、慢性的な経常収支の赤字となり、政府は長年続けてきたこの補助金を今年から全廃した。業者の便乗値上げのせいでLPG価格が2倍になったことは政府にとっても誤算だった。
カザフスタンの人々は政府に対して従順に振る舞ってきた。今回の暴動を機に失脚したナザリバエフ氏の長期独裁や新型コロナウイルスのパンデミックで、昨年の経済が1998年以来のマイナス成長になったことにも我慢してきた。だが、通貨テンゲが下落し輸入インフレが加速しているなかでのLPG価格の高騰で「堪忍袋の緒」が切れてしまったのかもしれない。
長年にわたりLPGが低価格だったカザフスタンでは、国民の多くが自家用車をLPG仕様に改造していることから、LPG価格の高騰は死活問題だと受け止められたのではないか。非常事態宣言を発令したのにもかかわらず抗議デモを鎮静化できなかったことから、トカエフ大統領はCSTOに助けを求めた。要請を受けロシアが速やかに空挺部隊を派遣したおかげもあって、カザフスタンの治安当局は6日、抗議の中心となったアルマトイの広場からデモ隊を排除し、占拠されていた大統領官邸を解放することに成功したという。
原油価格が上昇
資源大国であるカザフスタンのまさかの「政変」騒ぎにエネルギー市場も反応した。カザフスタンの原油生産量は日量約160万バレルであり、OPECとロシアなどの大産油国で構成するOPECプラスのメンバーだ。これまで生産が中断されることはほとんどなかったカザフスタンの混乱を材料に、米WTI原油先物価格は一時1バレル=80ドル台に上昇した。
カザフスタンの原油生産を支えているのは欧米の石油メジャーだ。カザフスタン最大のテンギス油田(日量70万バレル)の開発資金の5割を負担した米石油大手シェブロンは6日、「生産部門の影響はないが、物流での混乱からテンギス油田の生産量を一時的に減少させた」ことを明らかにした。カザフスタンにはこのほかカシャガン油田などの大油田があり、エクソンモービルやロイヤル・ダッチ・シェルなどが多額の資金を投じているが、「現時点で生産に支障はない」としている。
カザフスタンは天然ウランの供給大国でもある。「脱炭素」の動きが進むなかで原子力発電への期待が高まっていることもあって、天然ウラン価格は1ポンド=45.5ドルに上昇し、昨年11月30日以来の高値となった。相場が急騰したことから、世界の天然ウラン生産量の2割超のシェアを誇るカザフスタン国営企業カザトムプロムは6日に急遽会見を行い、「国内の混乱による生産や輸出への影響はない」とコメントした。
これまでのところ、世界のエネルギー市場が大きく動揺することにはなっていないが、今後の事態の推移を見守る必要がある。心配なのはカザフスタンの問題が重なり、ロシアと欧米諸国の間の緊張が一層高まることだ。
天然ガス価格高騰リスク
トカエフ大統領は「カザフスタンは外国で徹底的に訓練を受けたテロリストの攻撃を受けたスケープゴートとなった」と今回のデモをテロだと非難した。ロシアメディアも「背後に米国がいる」と主張している。彼らの念頭にあるのは「2014年2月に起きたウクライナ政変」ではないだろうか。
2014年2月、ウクライナの首都キエフで治安当局とデモ参加者の間で衝突が起き、その結果、国民の人気を失いつつあったヤヌコビッチ大統領(当時)が失脚、親欧米政権が誕生した。当時、米国政府は関与を否定していたが、英紙ガーディアンなどは「ヌーランド米国務省次官補(当時、現在の米国務省次官)などがウクライナの政変に積極的に関与していた」と報じていた。
ウクライナでの「青天の霹靂」に動揺したロシアはクリミア半島を併合、同国東部では内戦が勃発し現在も続いている。ロシアと欧米の関係は冷戦後最悪の状態のままだ。ロシアがカザフスタンに部隊を早期に投入したのは「ウクライナの二の舞はけっして踏まない」との強い決意があったからだろう。
これに対し米国政府は「カザフスタンにCSTOが部隊派遣を決定した経緯には疑問がある」とロシアの強引な介入について批判的だ。カザフスタンをめぐっても米ロが対立するかどうかは不明だが、今回の件でロシア側がますます欧米に対して懐疑的になれば、最大の懸案であるウクライナの問題に悪影響を及ぼすことは必至だ。
懸案となっているロシアとドイツをつなぐ海底ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働時期も見通せなくなる。ロシアから欧州への天然ガスの安定供給への疑義から欧州の天然ガス価格が高騰し、世界のエネルギー危機は一層深刻になってしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)