香港では2020年6月30日に香港国家安全維持法(国安法)が施行されてから、報道・言論や結社の自由などが大きく制限され、中国共産党政権の統制が強まるとともに、民主主義的な政権運営を行っている台湾への香港人の移住が増えており、2021年の移住者数は19年のほぼ2倍、17年と比べるとほぼ3倍に達していたことが明らかになった。台湾の蔡英文政権は香港の民主化運動への支持を公言し、20年には香港からの出国を希望する香港人を中心に申請を処理する事務機構を発足させたことが、移住者数の急増に貢献したようだ。
しかし、台湾当局は同時に中国共産党政権のスパイの台湾流入も警戒しており、香港在住の中国本土出身者が台湾への移住を希望した場合、スパイやその他の違法行為に関与していないか審査を厳格化する方針を明らかにしている。
短期滞在ビザが急増
台湾の出入国管理局によると、台湾の滞在許可を得た香港人は昨年1年間で1万2858人、そのうち1万1173人が短期居留移住許可を受け、1685人が永住権を得ている。これは、短期居留ビザが1万813件と倍増した20年よりも多く、今後の審査の段階で永久権取得に向けた動きが強まるとみられる。
台湾にはもともと亡命や永住希望者に関する法規がない。これは中国大陸で異変が起きた際に、台湾に大陸からの難民が大量に流入することを警戒しているためで、従来は移住や短期の居留ビザの申請も受け付けていなかった。しかし、ここ数年の香港の政治的な変化によるデモや当局との衝突による逮捕者の急増などに対処して、人道的な観点から投資ビザなどの方法で移住の申請を受け付ける特例措置をとるようになっている。
とくに、2014年夏に大規模デモ活動に発展した、香港における民主化要求運動である「雨傘革命」以降、台湾当局は香港の民主化運動を支援する立場を表明しており、同年から香港人の台湾での短期居留ビザが急増し、7506件のビザが発給されている。その後はうなぎ上りで、20年には1万813件となっている。
とはいえ、中国の習近平指導部はたびたび中台統一を強く訴えており、戦闘機や爆撃機などの空軍機が台湾の防空識別圏へ侵入を繰り返したり、中国の空母打撃群が台湾海峡をこれみよがしに通過するなど、台湾は軍事的な脅威にもさらされている。
入境審査を厳格化
このようななかで台湾当局が神経を尖らせているのが、香港の移住希望者のなかに中国共産党政権のスパイが紛れ込んでいることだ。台湾で対中国大陸政策を担う行政院大陸委員会によると、台湾での騒乱の発生や統一戦線工作などを目的とする中国スパイの流入を警戒して、香港・マカオのいずれかに住居がある中国本土、香港、マカオの出身者の移住申請の管理強化を目的に入境審査を厳格化しているという。
とくに、香港の永住権を取得したばかりの人が台湾への移住を希望しても拒否するなど、中国本土で生まれた香港居住者が台湾滞在を求めた場合、その香港滞在歴などを総合的に判断する必要があるといった具合だ。
また、中国共産党への忠誠を誓うことを義務付けられた元香港公務員は、病院局の職員で公的医療施設に勤務していない限り、台湾側に移住を拒否される場合もある。同委員会では「本人や同伴配偶者であっても、中国共産党政権への忠誠を誓う宣誓をしている場合は、現時点では台湾在留を拒否せざるを得ない」との見解を明らかにしている。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)