2000年代以降、各路線の直通運転の実現、東京メトロ副都心線などの新線・新駅の誕生、渋谷駅のようなターミナル駅の大改装などにより、首都圏の鉄道路線は加速的に利便性、快適性を増している。
JR山手線の50年ぶりの新駅「高輪ゲートウェイ駅」は、2020年春に開業予定である。またこの2月には、JR東日本による、羽田空港と東京都心のターミナル駅を結ぶ新路線「羽田空港アクセス線」の建設計画が大きく報じられた。実現すれば、羽田空港に建設される新駅と東京駅とは約18分、新宿駅とは約23分で直結されるという。
その一方でつい先日、こうした流れとはおそらく“真逆”の、あるニュースが報じられた。
『西武新宿線「幻の複々線化」正式に中止へ 「無期限延期」から四半世紀』(5月22日配信の「乗り物ニュース」より)
西武新宿線。それは、都心を走りながらも、業界の流れからほぼ唯一、取り残されている鉄道路線である。西武新宿駅(東京都新宿区)と本川越駅(埼玉県川越市)とを結ぶこの路線は、共に西武鉄道の2本柱を形成する西武池袋線と比較しても、あるいは他の私鉄と比べても、なんとも残念な要素にあふれており、沿線住民をモヤモヤさせている。本稿では、そのあたりの残念ぶりを検証してみたい。
【モヤモヤ要素1】他の路線とほとんどつながっていない
2000年代以降、首都圏の地下鉄を含む私鉄の再編成が進み、今までおよそ縁遠かった2つの駅が直通電車で結ばれるケースが目立っている。ところが、西武新宿線はどの路線とも乗り入れをしておらず、今後もそのような動きは見られない孤高の存在だ。
もちろん都心を走るに私鉄のなかには、東京メトロ銀座線、同丸ノ内線、京王井の頭線、東急大井町線など、他路線との相互乗り入れをしていない路線はほかにもある。だがこれらの路線は、沿線に名だたるブランド駅、ターミナル駅を擁しているか、いくつもの駅で平易に他線に乗り換えができるかで、およそ“不便”という言葉には結びつかない。
一方、西武新宿線は、東京都区内に限っていえば、乗り入れどころか他路線に乗り換えすら十分にできないという残念な環境がある。23区内14駅のうち、広義で“乗り換えが可能”といえるのは、西武新宿駅など、わずか3駅のみなのだ。
そのなかで、西武新宿駅は歌舞伎町にあるため、“新宿”を冠した他の駅とは大きく離れている。どの路線に乗り換えるにしても、電車を降りたら最低10分程度は歩かなければならない。
高田馬場駅は西武新宿線にとって唯一無二の存在。JR山手線へのスムーズな乗り換えが可能だからだ。西武新宿駅での乗り換えが不便すぎるため、沿線住民にとっては、高田馬場が都心への玄関となっている。
しかもこの高田馬場駅は、東京メトロ東西線へも比較的イージーに乗り換えが可能。もし、西武新宿線が他の路線と乗り入れが実現するとしたら、唯一可能性がありそうなのが東西線だろう。実は過去に相互直通運転計画が浮上したことがあったが、15年以上経った今も都市計画としては何も決まっていない。もはや、なかったことになっている様子だ。となると、西武新宿線は今後も孤立したままなのだろう。
都営大江戸線に乗り換えが可能なのが中井駅だ。しかし、こちらにも実に西武新宿線的な大きな問題がある。それについては別項で詳しく触れたい。
【モヤモヤ要素2】メインの高田馬場駅が混雑しすぎる
唯一の純粋な意味での乗換駅・高田馬場駅は、同じ本数の列車が発着する西武新宿駅より1日の乗降客数が多い(約1.7倍とされる)。にもかかわらず、2面2線と駅のキャパは新宿駅(3面2線)より小さい。となれば当然、平日ラッシュ時の混雑は桁違いであり、特に夕方は狭いホームに身動きが取れないほどに人が溢れる。
かといって、ホームの幅を拡張するといったことは物理的にできそうにない。小田急線の新宿駅のように、ホームを2階層にするしか手段はないが、今のところそうした動きはなく、利用者のモヤモヤは募るばかり。
ただしつい最近(2018年)、長年、高田馬場駅利用者をモヤモヤさせ続けていたもうひとつの事案は解消された。
高田馬場駅ホームには長らく、「各停に乗る人はこっち、特急・急行・準急の人はこっち」と、乗客をセパレートするシステムがなかったのだ。したがって、乗り口ごとに、各停利用者、特急・急行・準急利用者がごちゃごちゃにミックスされた列ができていた。夕方のラッシュ時にはその列が膨れ上がった。
たとえば、そこに各停の下り電車がやってきたとする。すると、急行・準急・特急に乗りたい人は動かない。よって、各停に乗りたい人は、モヤモヤした気持ちで「すいませ~ん」と言いながら、前に立っている人たちを押しのけて乗車しなければならなかった。ベビーカーやキャリーバッグなどを転がしている人は、さらにモヤモヤ度が大幅アップした。
それが、2018年3月の座席指定制の有料列車「拝島ライナー」の誕生により、混乱度のさらなる増加が予想されることから、ようやく列をセパレートする表示がホームの地面に登場したのだ。これは、高田馬場駅利用者にとっては極めて大きな一歩ではある。だが、そんな乗客のストレスを1年ちょっと前まで放置していたというのは、いかにも西武新宿線的だといえなくもない。
【モヤモヤ要素3】中井駅での大江戸線への乗り換えが不便過ぎる
ある意味、高田馬場駅以上にモヤモヤ度が高いのが、2つ隣の中井駅だ。この駅は、一応は都営大江戸線に乗り換えができる。だが、西武新宿線の中井駅と大江戸線の中井駅はまったく別の駅であり、乗り換えの面倒くささがハンパないのである。
もともと地下深くを走っているので、地上からなかなかホームに着かない感覚は大江戸線各駅に共通している。ただ、そのなかでも、中井駅は蔵前駅(同じ都営地下鉄の浅草線と、実は地下でつながっていない)と並ぶ屈指の不便度を誇る。西武の中井駅から大江戸線に乗り換えるには、ホームの階段を降りて地下にある改札を通り、また階段を上がり、そこから神田川にかかる橋を渡り、屋根のない商店街を数分歩く必要があるのだ。急に雨が降った際、傘ナシでやり過ごすには長すぎる。
中井駅周辺は現在、野方駅付近までの約2.4kmの線路を地下化するなどの新展開が進行中ではあるが、計画を確認する限り、どうやら上記の問題は解決しない模様だ。
もう一点、中井駅には大きなモヤモヤ要素がある。貴重な乗換駅なのにもかかわらず、なんと急行が停車しないのだ。もちろん、ラッシュ時のみ停まるという柔軟性もない。車両が小さい大江戸線側に受け入れるキャパがないという説もあるが、それ以上に高田馬場駅、新宿駅の利用者減はメリットがひとつもなく、西武鉄道にとっては現状維持一択なのだと考えられる。
【モヤモヤ要素4】中井、沼袋での急行通過待ちが永遠に感じられる
これは、新井薬師前駅、沼袋駅、野方駅、都立家政駅の4駅利用の住民限定で感じているストレスだ。高田馬場駅から下り電車に乗る場合、次の急行停車駅は7駅先の鷺ノ宮駅なので、手前にあるこれらの駅で降りるには各駅停車を利用することになる。残念ながら、西武新宿線は複々線化されておらず、各停は中井駅、沼袋駅で急行の通過待ちを強いられる。上り電車も同様だ。急いでいる時は、これがモヤモヤを大きく募らせる。
しかも、下り電車ではなぜか、その通過待ち時間に車内が「シーン」とする。咳をするのも憚られるような、不思議な沈黙に包まれるのだ。これは西武新宿線各駅停車の名物といえなくもないが、かといって乗客になんらかのプラスにもならない……。
ちなみに、かつては西武新宿線にも複々線化構想が存在したが、少子高齢化を背景とした利用者の減少もあり立ち消えに。今回の一部路線の地下化に際しても、複々線化は実現しなかった。そして冒頭でも触れたように、将来的にもいよいよそれが完全になくなったことが、つい先日明らかになったのである。
【モヤモヤ要素5】駅ナカ、駅前があまりにシンプル過ぎる
本社所在地が所沢駅前であることもあってか、西武鉄道は所沢駅、狭山市駅、本川越駅など埼玉県内のターミナル駅は周辺の街作りに積極的だ。所沢駅周辺は現在、大規模な再開発が進んでおり、2018年にオープンした駅ビル「グランエミオ所沢」が、さらに拡張される。
一方で、新宿区(新宿、高田馬場を除く)、中野区、杉並区の沿線エリアの、駅ナカや駅前スペースを洗練させるような取り組みはほとんどない。
たとえば、野方駅(中野区)は2010年に、開かずの踏切対策で駅構内に線路の南北を行き来できる通路ができ、駅舎のバリアフリー化がなされた。ただ、そこに住民を楽しい気分にさせるような演出はナシ。橋上駅舎であり構内にスペースはそれなりにあるが、商業施設は現状で西武鉄道がファミリーマートと共同運営するコンビニ「TOMONY」だけ(しかも小さい)。スタバ、成城石井(ローソン系だが)、紀ノ国屋、書店、雑貨店、タピオカミルクティーの店……そうしたものは何ひとつ存在しない。
また、駅前にちょっとした広場も確保されたが、ここにはチェーン店のベーカリーが1軒あるのみ。ガーデンデザインが現代ふうに施されているわけでもなく、街路樹が1本あるだけ。地産マルシェやら、フリーマーケットやらのイベントが行われることもない。人が集う場になっていないというのが現実だ。
土地の広狭、乗降客数の多寡の問題もあるのだろうが、西武鉄道から、23区にある西武新宿線沿線が走る街を魅力的にデザインする、沿線をブランディングする意思を感じられないのは確かである。“自分が住んでいる区は、23区の格付けランキングで少なくとも上から半分以内には入っている”──と思いがちな、中野区民、杉並区民の自意識に寄り添ってくれないのだ。
いずれにしても、これまでの傾向から考えると、利用者がどんどん減っている現状では、いろいろな面のモヤモヤが晴れそうにない。
首都圏の鉄道業界の流れとは逆方向に走っている西武新宿線は、はたしてどこを目指すのだろうか?