実際、日本航空(JAL)でも過去にCAからどうしてもサービスをしたいと要求され、機長が「ではベルトサインは点灯しておくけれど気をつけてサービスを」というような指示を出していた時代があった。しかし、それによってサービス中のCAが天井に頭を打って死亡する事故など数多くの経験をしたことによって、現在ではベルト点灯中は一切のサービスを中止して席に戻り、ベルトを着用することになった。
JALは世界でもっとも早くこの運用を始めた会社であるようだが、その理由として安全推進本部という専門組織があり、パイロットとCAの労働組合が安全について意見を出していたという事情もあると考えられる。
しかし、残念ながら世界の多くの航空会社では、依然として先に述べた悪しき習慣を続けているのが実情である。2日に起きた2件とも、CAだけが重軽傷を負っていることを見てもわかるように、この悪しき習慣を止めるのは難しい。例としてアリタリア航空の日本便では離陸から着陸まで巡行中も含めずっとベルトサインを点灯したまま、CAたちはその都度機長の許可をもらってからサービスを行っているという実態がある。揺れもないのにベルトサインを点灯させたままというのは、パイロットが日本で事故を起こせば状況によっては罪に問われるから、責任逃れに行っているのではないかとも想像する。
今や世界の多くの国では、ヒューマンエラーによる事故でも再発防止のために乗員に本当のことを証言させ、そのかわりに故意によるもの以外は罪に問わない無罰主義に変わっている。しかし、日本ではその点でまだ遅れている実態がある。ベルトサイン点灯中のサービスは、限られた時間のなかでなんとか食事を出したいとするCAの熱心さゆえに起きるものであるが、この際、世界的基準をつくりCAたちの安全も確保すべきであろう。
巡航中も常時ベルトを締めることで身を守ろう
乱気流による事故等で乗客がいつも「突然航空機が激しく上下に揺れた」と証言するが、これはCbにいきなり突入したことが原因といってもよいだろう。たとえばジェット気流に出入りするときやCb以外の雲に入りかけると、必ず“カタカタ”という揺れが始まる。それはその後に起こるかもしれない大きな揺れの前兆の場合もある。この場合、パイロットは念のためにベルトサインを点灯させるから事故には至らない。
ただし、乗客はすぐにベルトを着用できるものの、CAはカートをもとに戻しロックして、各々のジャンプシートに座ってベルトを着用する時間が必要だ。そのため私の現役時代では大きな揺れを予想する約3分前にはベルトサインの点灯を心がけるように教育し、指導も行われてきた。
しかし、実際には雲に入るまでの目測を誤り、1分少々手前でベルトサインを点灯させることも少なくない。CAからしてみれば自ら前方は見えないので早めにベルトサインを点灯してもらいたいところではあるが、経験の浅いパイロットには難しいオペレーションなのである。
さらに経験から言わせてもらうと、多くの外国の航空会社のパイロットはコックピットの中で巡行中、特に夜間飛行中どう過ごしているのかわからない。私自身勤務の都合で何度となく他社便に乗客として搭乗することがあったが、南半球への便ではいつも赤道付近で突然激しく揺れだし、遅れてベルトサインが点灯されるのを経験してきた。その頃は睡眠中が多く、いきなりたたき起こされることになり、“しっかり前方を確認して操縦しろ”とつぶやいていたものである。
最後に、パイロットの心理としては、仮にうっかりしてCbに入ってトラブルになっても、正直にそれを言わないで乱気流に入ったと釈明するだろう。たしかに、ひょうなどで航空機に損傷が発生していなければCbに入ったと証明することは難しいと考えるからだ。
しかし、実際にはブラックボックスでわかるものではあるが、航空会社側もそこまでは調べない。自然現象のせいにすれば責任を回避できるからだ。したがって乗客は巡航中、ベルトサインが消えていても常時ベルトを着用していたほうがいいかもしれない。窮屈なら体がベルトから抜けて放り出されない程度に緩くしめていてもよい。それは巡航中にいつも前方を確認してCbを避けてくれる仕事熱心なパイロットばかりではないという現状から、自身の身を守るために必要なアドバイスである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)