日本の中高生の多くが着用している学生服。10年ほど前までは、私服通学の場合を除き、男子はスラックス、女子はスカートというスタイルが校則で決まっている学校がほとんどだった。しかし、近年、新たな制服の選択肢として“女子スラックス”などを採用する中学校や高校が増えているという。それらは、メディアを中心に「ジェンダーレス制服」と呼ばれて注目を集めている。ジェンダーレス制服増加の背景や、現代の制服事情に迫る。
女子スラックス採用校は10年で約6倍に
学生服や体操着などの製造・販売を行っている菅公学生服株式会社(以下、カンコー学生服)でも、女子スラックスの採用に関する相談は年々増えているという。同社が関わった案件数(下記グラフ)を見ても、直近4年間で多くの学校が女子スラックスを導入していることがわかる。2022年度は約800校が新たに採用、累計で約2200校におよぶ。
同社の企画推進部部長・吉川淳稔氏は、学校が女子スラックスの採用に踏み切る理由について、こう解説する。
「学校によって事情は異なりますが、在校生の声や、小学校から『女子スラックスを希望する生徒が中学校に入学する』という報告を受けて、中学校側が対応するケースなどさまざまです。他にも、行政からの指導に合わせた制服の寒暖対策や、安全性を高めるための対応などの理由が多く挙がっています。最近では、学校側が『誰もが楽しく学校生活を送るための施策』という観点で生徒たちに意見を募り、女子スラックスの採用を検討する事例も増えていますね」(吉川氏)
制服を着る生徒たちの意見を参考にしつつ、女子スラックスの導入が進んでいるようだ。
LGBTQの観点からはリスクも
早稲田大学文学学術院准教授の森山至貴氏は「制服の多様化が進んでいる背景には、教育現場が抱える3つの問題が関係している」と分析する。
「ひとつは、スカートの不便さ。スカートを履くと下着が見えないように動きが制限される上、冬場の寒さや、痴漢被害などの問題もありました。ふたつ目は、男らしさや女らしさを学生服で振り分けることに対する“ジェンダーの問題”。そして3つ目が、トランスジェンダーやノンバイナリーなどの学生に戸籍上の性別に合わせた制服を着用させるのは正しいのか、という議論。これらを解決する方法のひとつとして、“制服の自由度を上げる”という方向に向かっているようです」(森山氏)
確かに、2015年に文部科学省が発表した「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」という教員向けの資料の存在も、制服自由化の流れを後押ししたといわれている。
しかし、森山氏は「性の多様性の問題と“新しい制服のあり方”を結びつけすぎるのは危うい」と指摘する。
「スカートの機能的な不便さを解消する、という文脈でスラックスを推奨するのはとても良い方法だと思います。しかし、それ以上に『ジェンダーレス制服』という言葉が強調されすぎている印象を受けます。“特別な人のための制服”というイメージを世間が持ってしまうと、学生が別の理由でその制服を選びたくても着られない、という事態になりかねません。そもそも、多様な性を生きる学生に配慮するなら、制服を廃止して本人が望む格好で学校に通えれば解決するケースもありますよね。“LGBTQの人々を特殊な人扱いしない”ことも重要なので、その制服が特別なものになってしまうと、かえって学生を尊重できなくなるリスクがあるんです」(同)
LGBTQの問題だと意識しすぎず、あくまで制服の選択肢が広がったと捉えるべき、と森山氏は語る。さらに、学生たちが自由に制服を選べるか否かは“大人のサポート”にかかっているという。
「『誰でもスラックスが選べるよ』と提示するだけで、選べるようになるわけではありません。そこで我々大人たちがしなければならないのは、子どもたちに『服装を理由に人をいじめたり、見下したりしてはいけない』と伝えていくことです。スラックスを履いていようが、スカートを履いていようが、他人が何かを言うべきではない。そうした認識を子どもたちに広めていければ、新しい制服も定着していくはずです」(同)
多くの大人たちが議論を重ねた結果、中高生の制服が多様化し、小学生はランドセルの色を自由に選べるようになった。森山氏は「せっかく広げた選択肢を狭めないようにケアするのも、大人の役目ですね」と語った。
女子スラックス着用者からは好意的な声
前出のカンコー学生服が行った調査(下記グラフ)では、女子のパンツスタイルについて好意的な意見が多数を占めている一方で、普及に苦心する学校もあるという。
「スカートかスラックスかを選ぶとなると、どうしてもスカートの比率が高くなる傾向があります。もちろん、自主的に選んでいるのなら問題ありませんが『スラックスを履くと全体の中で目立ってしまう』『学校に着ていったときに自分だけが着用していたらどうしよう』などの不安から、着るのを躊躇する学生もいるため、定着に時間がかかるケースもあるそうです。ただ、近年では女子スラックスの採用校の増加に伴い、着用率も高くなっているので定着に関する相談も減ってきていますね」(前出・吉川氏)
また、同社には、実際にスラックスを着用している学生の声も届いている。機能面では「気を使わずにいられてラク」「しゃがんだり、階段の昇り降りの負担がなくなり、生活しやすくなった」など、スカートに比べて動きやすいというポジティブな声が多い。
「以前、女子スラックスを着用している生徒に『自分のことが好きですか?』と質問したところ、全員が笑顔で『はい!』と回答してくれました。『好きな制服を組み合わせられて自分らしくいられるので、自分のことも好きになった』とのことです。このように『自分らしく感じる』『似合っていると感じる』などの理由でスラックスを選んでいるという声も多数いただいています」(カンコー学生工学研究所・澤埜友梨香氏)
今後もカンコー学生服では、学校側と協力しながら、女子スラックスの着用ポスターの作成や着こなしセミナー、多様性に関する講演会などを行っていく予定だという。 子どもたちが自由に制服を選ぶ時代の道筋をつくるのは、大人たちの仕事なのだ。
●森山至貴氏プロフィール
早稲田大学文学学術院准教授。1982年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得満期退学。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。『LGBTを読みとく』(ちくま新書)『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)など著書多数
●「菅公学生服株式会社」
●「カンコーホームルーム」