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孫崎享「世界と日本の正体」

中国ゼロ・コロナ政策は国民に多大な利益…中国経済は望ましい方向へ進み競争力維持

文=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長
中国ゼロ・コロナ政策は国民に多大な利益…中国経済は望ましい方向へ進み競争力維持の画像1
習近平総書記(首相官邸のHPより)

 新疆ウイグル自治区ウルムチ市で11月24日、高層集合住宅火災が発生し、10人が死亡した。その際、消火活動が遅れたのが被害拡大の原因となった。この遅れは新型コロナウイルス感染症関連の規制によるものであるとして、ウルムチ市で抗議のデモが発生し、上海、北京、武漢など中国各地で、ゼロ・コロナ政策に反対するデモなどが勃発した。米国の政治学者イアン・ブレマーは自身のTwitterで、抗議運動の起こった都市を15示している。

 この抗議運動に西側報道機関は迅速に反応し、ニューヨーク・タイムズ紙は「致命的な炎の後、中国のコロナ政策に対する反抗の急増」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「政府のコロナ規制に反対し中国の抗議は拡大」、BBCは「中国ウルムチで異例のデモ 10人死亡の住宅火災を機にコロナ対策に抗議」と題して報じた。当初中国政府は沈黙を保っていたこともあり、かつ外国人報道関係者には旅行規制がかかっているため、現地取材ができない。今回の西側報道は一般中国人のソーシャル・メディアに基づくものである。

 近年、中国で反政府抗議運動が発生することはほとんどない。したがって上海などで生じた活動は希少価値が高い。そして日頃より中国政策に批判的な人々が、この問題を大きく取り上げた。例えば米海軍予備役情報士官でもあったパトリック・クローニンは「多くの主要経済大国はコロナと共存する政策をとっているが、中国がこれに同調することなくロックダウンを続けるなら、それは経済活動を抑圧し、世界のサプライチェーンを乱し、世界経済を停滞させることとなる」と記している。

 したがって、この抗議運動を論ずる際には、抗議運動そのものの動向とともに、「ゼロ・コロナ政策」の是非も論じざるをえない。

「政府は抗議の勃発を防ぐ十分な強制力を持っている」

 さて、この抗議運動は中国全土に広がり、反習近平体制を揺るがす動きになるであろうか。Taisu Zhangイエール大学教授(北京大学法学部の一員)は11月29日、次の発言を行っている。

「私はこれからの数日間で大規模な抗議が多発するとは見ていない。政府はそうした抗議の勃発を防ぐ十分な強制力を持っている。ただ、中国のソーシャル・メディアを見る限り、一般市民内での政治的信頼の喪失は相当拡大しており、長期的影響があろう」

 そして彼は今後の動向について次の予測をしている。

「抗議にかかわらず、今冬、規制解除はないであろう」

 コロナ対策がどうあるべきかについて、今日100%正しいといえる政策はない。コロナが突然発生したことにより、十分な治療薬もなければ、ワクチンとて本当に安全で有効かについては疑念がある。最近ある企業人に会った。彼は「社員の動向をみると、ワクチン接種と感染との相関関係は低い」との結論を出し、要は抵抗力をつけることだとして、ワクチン接種もしなければ、マスクの着用もしない。

 他方、米国のコロナ感染は、11月末の時点で総感染者数94,223,555人、死者数1,058,396人である。この数字を見れば、「社会的に何らかの措置をとるべきだ」という主張は当然だ。「命を最重視する政策がどうして非難されなければならないか」という見解に、そう容易に反論はできない。

 他方、別のデータがある。ワシントン・ポストは「米国、コロナでの死者の約9割が65歳以上」と報じた。つまり死者のほとんどが、経済活動の第一線から退いた人たちである。経済の効率を最優先する人々から見ると、コロナ感染での死者は「用済み世代」なのである(無用な批判を避けるため、私はこの世代に属していることを付言しておきたい)。

中国経済は望ましい方向に進んでいく

 ゼロ・コロナを目指す中国は国際的にみて、どうなるのであろうか。私は「中国経済は望ましい方向に進んでいく。競争力は落ちる恐れは低い」とみている。まず、今日、中国経済の規模は世界一である。CIAはサイト「ワールド・ファクトブック」で購買力平価ベースを使い、中国のGDP(国民総生産)を23.0兆ドル、米国のそれを19.8兆ドルとしている。かつ重要なことは、自然科学の研究開発で中国は量と質の両面で今や世界一になっている。

 これを背景に、中国の習近平総書記が共産党大会で行った演説での経済分野への言及ぶりを見てみよう。

「公平な機会を促進し、低所得層の所得を増やすとともに、中間層を拡大し、所得分布と富が蓄積するメカニズムを平準化する」

「穀物とエネルギー資源、重要産業のサプライチェーン(供給網)の安全な確保を図る」

「揺らぐことなく民間部門経済の発展も促進し、資源配分において市場の決定的役割を存分に発揮させながら、政府にも、より良い役割を果たさせなければならない」

「イノベーション主導の開発戦略実行や、高度科学技術の自存態勢実現を加速させ、大事な中核技術をめぐる戦いを断固として勝ち抜き、世界の重要人材の集積地を建設し、人材獲得をめぐる国際競争で優位に立つべく努力する」

 確かに中国経済はゼロ・コロナ政策で足踏み状態が続いている。私たちはしばしば中国を「全体主義国家」「独裁国家」と非難する。全体主義国家とは国家全体の利益のために個の利益を犠牲にすることをいう。多分ここでは、国家全体の利益とは経済発展であろう。個の利益の最たるものは「命を守る」である。ゼロ・コロナ政策の出発点は人々の命を守ることである。

 党大会における習近平演説の柱は中国の強国化である。彼は「中華民族の偉大な復興を全面的に推進すること」を目標として掲げた。この路線を貫けば、ゼロ・コロナ政策を捨てて、中国経済の最大化を図るという選択肢があったはずだ。

 確かにゼロ・コロナ政策で職を失ったという人は存在するであろう。日本でもコロナ対策の厳しい時には、飲食店など苦境に面した。だが感染拡大を抑えることを最優先した。私はこの政策が間違ったとは思わない。そのことは中国のゼロ・コロナ政策の評価にも適用される。中国にも当然、ゼロ・コロナ政策で職を失った人、労働環境が悪化した人はいよう。

 だが総じて、中国のゼロ・コロナ政策は中国の人々に利益をもたらしているはずだ。中国国民はそれを理解しているはずだ。だとすれば、ゼロ・コロナ政策が中国国土全体で激しい運動の起爆剤になる可能性は低い。

(文=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長)

孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長

孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長

東京大学法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。1966年外務省入省。イギリス陸軍語学学校、ロンドン大学、モスクワ大学にてロシア語を習得し、在ソビエト連邦大使館を経て、1985年在アメリカ大使館参事官(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、1986年在イラク大使館公使、1989年在カナダ大使館公使を歴任。1991年から1993年まで総合研究開発機構へ出向。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。国際情報局長時代は各国情報機関と積極的に交流。2002年より防衛大学校教授。この間公共政策学科長、人文社会学群長を歴任。2009年3月退官。

Twitter:@magosaki_ukeru

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