浜松市の小学校で多数の児童が給食のパンで集団食中毒を起こした問題は、昨年12月、アクリフーズ群馬工場生産の冷凍食品に農薬のマラチオンが混入し、全国で健康被害者が続出した問題とはまったく別物であり、衛生管理上の問題になります。それは食中毒原因がノロウイルスであり、感染源が梱包の際によるものであるとわかっていることから、ヒューマンエラー(人的ミス)と考えるのが妥当だからです。
集団食中毒はまれに起こることではなく頻出します。基本的に感染型食中毒がその中心になっており、食品の製造流通過程のいずれかで菌やウイルスに感染している人が危害要因になる場合、あるいは原材料に菌やウイルスが感染していることが危害要因になる場合があります。カンピロバクターや黄色ブドウ球菌といったポピュラーな食中毒原因菌は、加熱調理といったプロセスを経ることで感染を絶つことができますが、O157のような腸管出血性大腸菌やノロウイルスはわずかに10粒程度で感染が成立するくらいに強力であり(黄色ブドウ球菌の場合は10万個/gという量で食中毒になります)、管理を厳しく行わなければなりません。
いずれの場合もHACCP(危害分析・重要管理点)手法による管理が行われているのであれば、かなり防ぐことができます。ノロウイルスの場合はアルコールスプレーによる消毒が意味をなしませんので、次亜塩素酸ナトリウム溶液による消毒を行う必要があります。こういった専門的な衛生管理だけでなく、HACCPではそもそも体調不良で感染している可能性のある人が製造に関わることができないように、従業員の健康状態に関しても厳しい管理が行われます。
このHACCPでは一般衛生管理(SSOPと呼ばれます)という本来当たり前に行われないといけない衛生管理を行うことを前提に、最も理想的なケースを想定した上で、危害要因を分析します(HA:Hazard Analysis)。その上で特に重点的に管理しないといけない点を見つけ出し(CCP:Critical Control Point)、管理していきます。この手法が略してHACCPといわれています。
集団食中毒の多くはHACCP手法を取り入れることでかなりリスクを下げることができる、と言える理由の1つ目は、こういった手法の管理下に置かれている場合、感染した人が作業に従事することがまずあり得ないこと。2つ目は、商品は常に出荷に至るまででサンプリングの検査が行われており、市場への出回りを最小限に防ぐことができること(ほとんどを出荷前に止めることができる)。3つ目は、仮に感染者がいたとしてもその人から菌やウイルスが食品にうつることを最小限にすることができたこと。以上の3点が「ごく当然に」成立するからです。加えてHACCPの知識がある人にとって、ノロウイルスは特に危険視しているものであり、同手法を取り入れている企業のほとんどが特別に対策しています。
HACCP手法、諸外国と比べ普及遅れる
我が国のこういったHACCP手法の普及に関しては、残念ながらアメリカに比べると遅れています。
例えば水産加工施設の場合、HACCP手法を取り入れた衛生管理が行われているのは現時点で全体の約20%程度であるのに対し、アメリカは法的に義務化されていることから100%の普及率です。普及が遅れてきた背景には、筆者らが行った調査によると、そもそも、こうした衛生管理が食品の流通上極めて重要な方法である、という消費者の認識が低いことにあります。市場での取引条件にならなければ、企業はそういった追加的コストを支払う原資を売り上げから得ることができませんので、最小限の法的義務を満たすことだけにしてしまうでしょう。現にHACCPを取得している企業の多くは「とても意識が高い企業」に分類され、「当たり前のこと」にはまだなっていません。
加えて、あらゆる食品のリスクの中で、BSEや放射性物質よりも今回の浜松市のケースのような食中毒によるリスクのほうが何万倍も大きく、はじめに対策すべきことであるという認識もまだ広がっていません。国や自治体が対策をすればよいと多くの人は安易に考えますが、国や自治体の予算の多くが食中毒対策としてのHACCP普及などに充てられない以上、いつまでたってもリスクを効果的に下げることにはつながっていかないのです。
このようなことから、食品由来の健康被害のリスクを最小化するために、感染型食中毒をいかに防ぐか、そしてそのためにHACCP手法を効果的に普及させることが最優先であるということが、一般的な認識として広がっていくことが望まれます。
(文=有路昌彦/近畿大学世界経済研究所教授)