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残業代ゼロルール、産業界の真の狙いは?サービス残業と「名ばかり管理職」増加の懸念

文=溝上憲文/労働ジャーナリスト
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残業代ゼロルール、産業界の真の狙いは?サービス残業と「名ばかり管理職」増加の懸念の画像15月28日、産業競争力会議課題別会合(「首相官邸HP」より)
 安倍政権は5月、残業代や休日・深夜労働の割増賃金を支払う必要のない「残業代ゼロ」の仕組みを成長戦略に盛り込むことを決めた。現行の労働基準法では労働時間の上限を1日8時間、週40時間(法定労働時間)とし、それを超えて働かせる場合は1時間につき25%以上の割増賃金(午後10時以降の深夜残業の場合は+25%の計50%、休日労働は+35%の計60%)を支払うことを義務づけている。

 簡単にいえば、工場で働く社員以外の事務職については残業代付きの労働時間規制を外そうというものだ。その理由として経済界が挙げているのは、大きくは次の2点だ。

(1)労働時間に関係なく個人が自由に働く時間と休日を決めることができ、給与も時間ではなく成果で支払う働き方が可能になる

(2)働く時間と場所を自由に選べるため、特に女性の仕事と育児の両立が可能になる

 こう聞くと一見、「成果さえ出せば、出勤・退社時間も自由で、会社に毎日行く必要もないのか」とバラ色の働き方のように思えるが、実はそんなことはない。上司に「明日会議をするから」と言われて、「明日は子供と遊園地に行きますから」と業務命令を断ることはできない。

「成果」にしても報告書の提出スパンが短いと、結果的に長時間労働を強いられることになる。成果の定義も曖昧であり、上司の中には夜遅くまで仕事をしている部下に「あいつはがんばっている」と高い人事評価を与える人もいる。

経営者の本当の狙い

 では経営者の本当の狙いはどこにあるのか。

 繊維企業の人事部長は、経営サイドの考えについて次のように語る。

「たいした成果も出せないのにダラダラと仕事をして、残業代を多く稼ぐ社員は許せない、そんなやつにビタ一文払いたくない、というのが経営者の本音です。人事部としても残業代を減らすためにノー残業デイや夜8時以降の全館消灯など対策をしていますが、そんなやり方は生ぬるいという役員もいるほどです」

 つまり残業代の削減が狙いということになる。ちなみに2013年の一般労働者の月間残業時間は15.5時間、残業代は約3万1600円(事業所規模30人以上、厚生労働省「毎月勤労統計調査」による)。年間の残業代は約38万円になる。これが削減できれば、確かに経営にはプラスになる。

 労働時間規制の見直しを要望している政府の有識者会議の経営者委員も、「熾烈な国際競争の中で、日本企業の競争力を確保・向上させるためには、労働時間規制の適用除外は必要不可欠である」と発言している。

 米国にはホワイトカラー・エグゼンプションと呼ばれる制度があり、雇用者の2割がエグゼンプト(適用除外)対象者になっている(エグゼンプト非対象者雇用者の時間外割増率は50%)。米国では残業代を払わなくてもよいのに日本では払わなければいけないことに、腹立たしい思いをしている経営者もいるだろう。

 もう一つ、前述した経済界の「働く時間と場所を自由に選べるために、とくに女性の仕事と育児の両立が可能になる」との理由も眉唾ものだ。労働基準法の労働時間規制はあくまで1日8時間を超えてはならないとしているに過ぎず、それ以下の時間で働くことを規制していない。育児が忙しく5時間で帰りたい女性がいれば、法律を変える必要もないし、会社の裁量でなんとでもできる。

 現実に1日5時間ないし6時間の短時間勤務制度を設けている会社も多い。しかし、実際に支払われている賃金はフルタイムで8時間働いた場合の5時間分の均等割でしかない。つまり、成果ではなく時間管理に基づいた賃金を支払っているのだ。「時間ではなく成果で支払う」というのであれば、5時間しか働かなくても成果しだいでフルタイムと同じぐらいの給与が出る仕組みに変えてもよいはずであるが、そうはなっていない。

日本の管理職の8割は「名ばかり管理職」?

 現在、事務職全員を規制から外せば長時間労働が増えるという批判を受けて、進行中の見直し案は対象者を絞る方向で検討されている。安倍晋三首相が議長を務める政府の産業競争力会議は対象者を「経営企画、商品開発、ファンドマネージャーなどの裁量度が高い管理職候補者と専門職人材」にするように求めている。専門職人材については、年収1000万円以上という条件を提示している。

 管理職候補者となれば、大学卒の総合職は「幹部候補」の位置づけをしている企業も多く、対象者が広がる可能性もある。年収1000万円を超える人は雇用者の1%もいないが、実は会社にとっては隠されたもう一つの効果がある。

 労働基準法では「管理職」(管理監督者)には残業代を支払う必要がないとされている。そのため部下を抱えるライン管理職ではなく、肩書だけの部下なし管理職を置いている会社は多い。要は「名ばかり管理職」だ。

 IT企業の人事課長は「管理職のうち本当の管理職と呼べるのは2割ぐらい。残りの8割は法的には恐らく管理職と呼べないだろう」と明かす。

 残業代を払わなくてもよい法律上の「管理監督者」とは「経営者と一体的な立場で仕事をしている人」。つまり、経営者に代わって同じ立場で仕事をしている人であり、単に上司の命令を部下に伝達する人は管理監督者ではない。労働事件に詳しい弁護士は「在職中は残業代を払え、という管理職はさすがにいないが、リストラされて退職後に未払い残業代を請求する訴訟が徐々に増えている。しかも裁判所はほとんど請求を認めている」という。

 会社にとっては裁判に訴えられたら、残業代を払わなくてはいけない“爆弾”を抱えているようなものだ。仮に年収1000万円以上の社員が残業代支給の適用除外になれば、法的には支払い義務のある部下なし管理職も対象になる。産業界の要望の裏には、こうしたリスクを封じ込めたいという狙いもあるのかもしれない。
(文=溝上憲文/労働ジャーナリスト)

溝上憲文/人事ジャーナリスト

溝上憲文/人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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