この検事はその後、なんとか裁判にかけずに略式起訴に持ち込もうと懐柔を模索したのか、今度は電話でB氏に連絡し、取り調べでの対応を謝罪し、裁判にせずに略式起訴を受けるよう要求していた。さらにこの検事は、同じ要求をB氏の弁護士にも電話をして行ってきた。弁護士が主張を確認すると、まともに証拠書類も読んでいないような主張だったため、その点を指摘して、違法性もないのに略式起訴も含めて受けるわけもないとして拒絶した。そのため、今年の3月には、この検事は略式起訴をあきらめ、公判請求を実施。事件は公判担当検事へと送られた(なお、この捜査担当検事は今年4月より地方の検察庁支部へ異動となっている)。
公判担当検事が新たに担当となり主張を開始したが、またも事実無根の内容を表現したかのような主張であった。不審に思ったB氏の弁護団側は、まずB氏が提出した証拠として送検されている資料の全開示を要求。これを受けて東京地検の公判担当検事は、速やかに任意で全開示を行った。
すると検察の全開示資料には、警視庁のA署に提出されていた、実際の事件の経緯と説明資料、多数の被害者女性の証言記録、C社の被害者女性ら側への脅迫行為を行った証拠記録など、C社にとって隠ぺいしたい証拠のみが、検察に送検されていない事実が判明した。さらにA署が、冒頭で述べたように被害者女性の個人情報まで一般人に公開していた重大な人権侵害まで行っていたことを明らかとなった。
これを受けて弁護団は今年6月23日、これら証拠や資料が送検資料に含まれていないことを東京地検に指摘し、事実関係の調査と結果の開示を要求した。東京地検はこれを受け、A署に対して照会を実施すると、A署が昨年の9月、10月に提出を受けていた資料のうち、C社に不利な証拠のみを送検せずに隠ぺいしていた事実が発覚した。A署は東京地検からの照会を受けた後、今年7月8日になって初めて、昨年9月27日、10月19日に送検した証拠に関する報告書を作成して東京地検に提出。東京地検は警視庁による隠ぺい事件の発覚を受けて7月23日、警視庁の報告書も含めて証拠として開示した。
●冤罪を誘発する危険も
一連の経緯について、刑事弁護に詳しい弁護士は次のように問題点を指摘する。
「警察が送検の際に、全資料、全証拠を検察に送らなければいけないのは当然です。そうでなければ検察は正しく判断もできず、冤罪は頻発します。今回の事件は、A署が単に一部資料を偶然に送検し忘れていたとは考えられず、非常に悪意性の高い内容です。これは警察が、検察や裁判所を騙そうとする行為だと思いますし、有罪率がほぼ100%の日本の刑事司法の根幹を覆しかねない事件ではないでしょうか。現在、検察は証拠ねつ造事件の発覚などを受けて、取り調べの可視化などの改革の議論が進められている最中にあります。しかし検察以前に、警察の証拠の隠ぺいが発覚した以上、改革の対象は検察だけでは足りず、警察の改革を議論しなければいけないでしょう」
本件について警視庁はどのように受け止めているのか、警視庁広報に問い合わせたところ、「係争中の案件のため、回答は差し控えさせていただきます」とのことであった。
もちろん本件は警視庁の一部の行為であり、実際にA署とは別の所轄署は性犯罪容疑でC社を捜査し、犯人を送検している。また東京地検も警視庁による隠ぺい事実の調査結果を速やかに開示している。新たな冤罪発生を防止する観点からも、警視庁には本件についての十分な調査・検証とその結果の公開が求められているといえよう。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)