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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第6夜】

つらいとすぐ逃げる…『上京物語』で見たゆとり世代就職のリアル

post_975.jpgあのテーマ曲を聞くだけで高揚感が高まる。
(「ザ・ノンフィクションHP」より)

ーー『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』(共にテレビ東京)『情熱大陸』(TBS)などの経済ドキュメンタリー番組を日夜ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で裏読みレビュー!

今回の番組:11月4日放送『ザ・ノンフィクション』(テーマ:20歳の上京者)

 ゆとり世代の人たちに「ゆとりだね」と言うと本気で嫌な顔をされるので、あまり指摘はしたくないのだが、それ以外の単語が思いつかないので、つい言ってしまうことがある。

「そんなことないです!」とか「僕だってがんばってます」と映画の現場で反論されることもあるが、本人ががんばってるかどうかなんてどうでもいいことだ。そんなのは当然のことで、がんばってるかどうかは他人が評価することなのだから。

 逆に「そうなんですよね、ウチらゆとりなんで……」と自虐的になる人もいるが、そこで納得するなよ! とつい声を荒げてしまう。中には(いや、結構な割合で)「じゃあ責任取るんでやめます」と言う人もいるが、そんなの責任取ったことにならない。こうやって、こちらの予想を越えた反応をするのが彼らゆとり世代なのだ……と書いてて、あぁまた「ゆとり」と使ってしまったと反省をする。こうやって口うるさいオヤジになっていくんだろうか。

『ザ・ノンフィクション』で放送された『上京物語 2012~二十歳 夢の分岐点~』は、現在の20歳をゆとりと呼んでいいのか分からないが、精神的に未熟な若者を追ったドキュメンタリーだった。

 これまで放送された『上京物語』シリーズは、厳しい寿司職人の板前修業やバスガイドといった「がんばる」姿を追った物だったが、今回はちょっと違う。なんかこう……「幼い」のだ。それは登場人物の一人、丸谷優司君も渋谷の歩道橋に立ちながら夢を語り、自分のことを「心は高校生」と分析している。

 丸山君の取材は18歳から始まった。雪の積もる秋田の高校に通う彼は「東京は自由なんだ」と同級生に語り、父には「夢に対する思いは強いよ」と言い切る。夢はモデルになること。父は「やれるはずねえべ」と反対をする。だが、夢を信じる彼は揺らがない。父が心配するのは経済だ。夢でメシは食えるのか、と。灯油を入れる父の姿が現実を物語るが、丸山君は直視しない。

 付き合っている彼女にも別れを告げ、上京する。建設現場でバイトをしながら面接に向かう。志望動機を聞かれても「雑誌とかテレビを見て単純にかっこいいと思って……」と番組でまとめられていたが、本心なんだと思う。

 そこから、面接官に「モデルで食べていくのは不可能」とまで断言される。養成学校では講師に「ビシッとしてないんだよね、ビシッと」と指摘され、同級生にも笑われる。そして落ち込む。

 上京する前に調べておくべきことがあったんじゃないのか、丸山君! と注意したくるが、もう遅い。なぜなら僕が見ているこの映像は1年半前の映像で、彼は番組スタッフの前からも姿を消してしまったのだ。

  番組ではもう一人の夢を追う若者が登場する。千葉かおりさんは函館から美容師を目指して上京する。学校では「クラスのマドンナ」「東京に行ってもモテる」と評判が良く、講師でさえ「有名になったらどうしよう」と心配するほどだ。一緒に上京する友人とも「仕事でも何かあったらお互い全部話そうね」と約束し、東京の生活に期待を膨らませる。

 そして僕は心配になる。冒頭でこんな演出をするということは後に悪いことが起こるぞ、と。

 その予感は的中した。

 店に入っても掃除とシャンプーしかさせてもらえず、手は石けんの使い過ぎでボロボロだ。さらに怖い先輩まで登場する。男女関係なく容赦ない。「私より若いんでしょ、ほらやって!」「いそいで~」と文字化するのが不可能な、独特の発音でかおりさんを攻める。「この人、怖い!」と思ったのは僕だけではなかった。かおりさんは完全に萎縮し、涙を流す。

 そんなかおりさんを東京は彼女をさらに追いつめる。

 相談を約束した友人がやめてしまったのだ。かおりさんに一言も相談もなく。

 番組では函館で約束する二人のシーンをインサートする。東京って人を変えてしまうんだよな、とさびしい気持ちで見ていたらあの先輩が発泡酒とつまみを片手に登場する。「不安の方が大きいんだろうな」と優しい言葉をかける先輩。かおりさんは「びっくりした」と笑うが、こっちも驚いた。寮で語り合う二人を見て、かおりさんはこの仲間と東京で暮らすのだろうと思った。

 番組スタッフの前から姿を消していた丸山君は、故郷であの彼女と結婚をし、子供までもうけていた。「ビシッと」と指摘されていた頃とは表情が違う。責任を背負っているように見えた。

 それでも彼の父親は「金の心配」を問う。大人は経済を直視する。その言葉は1年半前よりも深く突き刺さることだろう。

 そして場面は渋谷の歩道橋へと繋がる。「東京は一度は来てみたかった」。まだ夢を諦め切れていないのか、と思った矢先、彼の口から「でも無理です」という言葉が出た。さらに「俺一人じゃないですもん」と。その顔は「モデルやりたい」と言っていた頃より、ずっとカッコいいな、と思えた。

 僕が以前見たピンク映画では男優と女優が東京について語り合っていた。東京出身の女優は東京に思い入れがない様子だが、男優は「東京は素晴らしい」と思いを込めて語っていた。「そうかな」と疑問を投げる彼女に「君は田舎の悲惨さを知らないから」だよ、と言い切った。僕も東京で生まれて育ったので、その気持ちは分からない。しかし東京は故郷を出、あこがれを持って生きる人たちの力で成り立っている町だと僕は思う。そんなことを確認した。
(文=松江哲明/映画監督)

松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。映画監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。 をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。また『ライブテープ』(09)は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞。

BusinessJournal編集部

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