そしてもうひとつ。口を構成する要素ではありませんが、口が機能するためには欠かせないのが顎関節です。これも特殊性があります。通常、ひとつの器官(手、足など)を動かす関節部はひとつですが、口は2つの顎関節部で動かします。これにより、口の可動域が飛躍的に大きくなり、さらに複雑な三次元の動きがスムーズにできるようになります。たとえば、あくびなどで最大に口を開けているときは亜脱臼(脱臼寸前)の状態で、これは2つの関節を持っているからこそできるといえます。
一般的な口の動作イメージは、上下の顎が動いて歯を噛み合わせ、咀嚼やその他の動きをしているように思えますが、実は上顎は頭蓋骨に固定されているので動かず、下顎だけが動いて口の機能を果たしています。
このように、口を考える時は顎関節を含めてとらえなければなりません。我々歯科医が取り扱う領域は、歯だけではなく「顎・口腔」であり、歯はその中の重要な要素のひとつとしてとらえることが大切なのです。これに顎・口腔に付随する筋肉群や神経などが加わり、口が機能するためのいわゆる物質的な要素が揃います。しかしながら、このままでは口いっぱいにモノが入った状態から髪の毛一本をより分け、口から出すような神業のごとき振る舞いはできません。
咀嚼システム
口を機能させるためには、各要素を連動させ働かせるシステムが必要です。それを現状では「咀嚼システム」と呼んでいます。なぜ現状という言葉を付けたかといえば、先にも述べたように口は咀嚼のみではなく、さまざまな働きをする器官だからです。「顎・口腔システム」とでも名付けるほうが適切ではないでしょうか。
これまでの学問体系では、構成要素とそれを機能させるシステムをまったく別のカテゴリーとして扱ってきましたが、構成要素とシステムが相互に影響を受け、日々変容しているとしたらどうでしょうか。
たとえば歩行について考えてみると、ハイハイに始まり、これに熟練してくるとつかまり立ちができるようになり、ついには一歩を踏み出します。つまり、日々の活動により時間と共に骨格、筋力、神経などが発達し、その程度に応じた動きを学習、習得し歩行ができるようになります。言語の習得も同じです。親など周りの話している言語をずっと聞き、最初は意味も何もない音を発しますが、時間と共にこれらを意味ある言葉に変えていきます。
なぜ、そのようなことが起きるのでしょうか。
それは、歩行や言語を司るシステムも、その習熟度にあわせて発達していくからです。その都度違うシステムを使うわけではありません。日々の変容に合わせて連動したシステムづくりが行われているのです。
咀嚼システムも同じです。口を考える時は、構成要素だけではなくそれを機能させるシステムも同時に考えなくてはなりません。だからこそ口は顎・口腔という要素とシステム系を一緒にし「顎・口腔系」としてとらえることが必要なのです。
次回からは、この咀嚼システムの学習、発達、成熟に特に大きな役割を果たすものが「かみ合わせ」だということをさらに追っていきたいと思います。
(文=林晋哉/歯科医師)