2006年4月1日の劇場公演デビューから10周年を迎えた、AKB48。
総監督を務めた高橋みなみをはじめ、かつて「神7」と呼ばれた人気メンバーも多くが卒業し、新しい時代を迎えようとしている。
AKBの人気が全国的に注目され始めた頃、1枚のCDにいろいろなバージョンを用意したり、握手会などのイベント参加券をCDに封入したりするなど、1人のファンに対して複数枚の販売を狙ったスタイルが「AKB商法」と呼ばれ、批判的な声も多く上がった。
「AKBは、そんな“AKB商法”を駆使したからこそ、売れたのだ」という意見も見られ、多くのアイドル(の所属事務所)が、「彼女たちに続け」とばかりにAKB商法をまねし始めた。
しかし、いくらまねても、いまだにAKBのライバルとなるようなアイドルは登場していない。現在、ライバルといえるのは、ももいろクローバーZやきゃりーぱみゅぱみゅなど、まったく別の戦略を採ったアイドルたちだ。
後発組は、パイオニアではないから売れないのだろうか。いや、AKB商法がビジネスモデルとして成立しているのであれば、AKBを凌駕するとまではいかなくても、もっとメジャーシーンになだれ込んでくるアイドルが多くてもいいはずだ。そこには、AKB商法というビジネスモデルを間違えて捉えている現実がある。
『ヤマト』『ガンダム』『エヴァ』に通じるAKB商法
AKBのビジネスモデルの本質は、アニメの『宇宙戦艦ヤマト』(日本テレビ系)がつくり出し、『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日系)がまねて、『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)が継承したものに酷似している。
そういう意味では、アニメの聖地である東京・秋葉原に劇場を置いたのも、アニメファンを最大のターゲットとして取り込みたいという狙いがあったのかもしれない。
そもそも、アニメのビジネスモデルは、誰からも愛されることで視聴率を上げ、お菓子や文具、衣類など、子供が欲しがる商品と広くタイアップ契約を結び、その版権で稼ぐというのが一般的だった。
そのなかで、『ヤマト』はまったく異なる戦略を採った。たくさんの人に愛されなくていい、一部のマニアにだけ圧倒的な人気があればいい、としたのだ。
当初、視聴率は芳しくなかったが、「戦艦大和」というキーワードから、ミリタリーマニアを中心にじわじわと人気を集め始めた。登場人物も、地球側は人気戦国大名や侍と同じ名字を使い、敵側は第二次世界大戦で活躍したさまざまな将軍の名前と似たものを使い、さらにドラマの展開や戦いも第二次大戦の有名な戦いに似た名前をつけるなどの仕掛けを織り交ぜた。これが、よりマニア心を刺激したと思われる。
そしてマニア間の共感をつくり上げるため、おそらくテレビアニメとして初めて、制作側主導でファンクラブを設立した。設定資料や原画などを公開したり、セル画を配布したり、出演声優とファンの交流の機会をつくり出したのだ。
また、ラジオ番組にテーマ曲のリクエストはがきを出すことをファンにすすめるなど、制作側とファンの間の一体感はより強固なものになっていった。そして、当時で3万円もする豪華資料本やキャラクターグッズなど、子供向けではない、やや高額の商品展開も可能にした。商品の単価が高い分、収入も大きくなるというわけだ。
そして、コアなファンのクチコミが全国レベルの話題となり、いわゆるアニメブームの先駆けとなる大ヒットを呼び起こしている。『ガンダム』にしても、『エヴァンゲリオン』にしても、このビジネスモデルを継承している点は同様だろう。
一部の熱狂的なファンづくりを重視したAKB
話はAKBに戻る。それまでアイドルといえば、誰からも愛されて若い異性を中心に多くの人にレコード(CD)を買ってもらうことが基本路線だった。そして、ヒット曲を生み、テレビCMなどで収益を上げるのが定番だった。
しかし、AKBは誰からも愛される存在になることは後回しにして、一部の熱狂的なファンづくりに重きを置いた。そして、ファン層を絞り込むことで、よりその層にフィットした戦略を立てて彼らのハートを強くつかんだのだ。
その結果、1人のファンがバージョン違いのCDを何枚も購入するという状況すら生んだ。なかには、握手会や選抜総選挙のために、何十枚、何百枚と購入するつわものまで現れた。
多くの人から少しずつ売り上げても、少ない人から高額を売り上げても、結果は同じになるということだ。
しかし、高額出費を強いる分、コアなファンには、より高い満足度を提供しなくてはならなくなる。そんな熱狂的ファンづくりのために、ファンとアイドルの親密度を高める専用劇場を用意し、「会いに行けるアイドル」というコンセプトを実践したのだ。
毎日ステージを見ることができ、日々成長する姿も見られる。いわば、育成ゲームのリアル版がそこに再現されたわけだ。また、CDに握手券を封入し、会って、触れて、話ができるという、より親密度を高める仕掛けをつくった。
握手会の場所をパーテーションで仕切ってアイドルとのプライベート感を強めたり、握手時間を短時間にして適度な飢餓感を与えたりする演出も、ファンの気持ちを高めていたはずだ。
さらに、総選挙の投票券によって、自分の好きなアイドルと一緒に戦う一体感を醸成し、ファンというより、もはやアイドルと一心同体のような感情までつくり上げている。
また、メディアに登場する際も、初期の衣装は女子学生をイメージさせるチェックベースの制服風デザインだった。ちょうど、学生時代に置き忘れてきた学園祭のイベントをイメージさせるような……。
そんな、いい意味での素人っぽさ、親近感、未完成な部分を打ち出すことで、AKBはファンに「自分が助けてあげなければ」という使命感すら植え付けている。これらの融合によってコアなファンが増え続け、クチコミが広がり、その後の大ブームを巻き起こしているのだ。まさに、『ヤマト』のビジネスモデルのアイドル版といえるだろう。
AKB商法の本質とは?
AKB商法の本質は、単なる握手会ビジネスではない。握手会は、ビジネスモデルの枝葉にすぎないのだ。それゆえ、いくら握手会やファンとの触れ合いを実施したところで、AKBのような人気は出ない。
さらにいえば、ファンとの触れ合いを増やしても、通常のアイドル以上にターゲットとなるファン層を絞り込み、そこにジャストミートする濃いアピールができなくては成功しない。
実際、AKBの人気メンバーの多くは、従来の王道アイドルやスーパースターのような姿を目指さず、個性を磨いて、印象に残りやすく弱さを持ったキャラクターとなっている。
AKBのデビュー当時はアイドル全盛時代ではなかったため、そういった選択肢を選ばざるを得なかったという現実もあるだろう。しかし、その路線で努力する姿を、育成ゲームのように間近で見続けたファンの共感を呼び、AKBはファンの気持ちをつかんでいったと思われる。
同じアニメのなかにも、『ヤマト』のビジネスモデルを採用した作品は数限りなくあるが、作品の魅力が追いつかずに単なるマニア向け作品で終わったり、なんら話題にならなかったりする作品のほうが多い。
アイドルにしても、アニメにしても、その本質として、売るべき部分が魅力的でなければ、ビジネスモデルひとつで売れるわけではない。だから、AKB商法を安易に捉えたり、単にまねたりしただけでは、人気が高まることはあり得ないのだ。
(文=星野憲由)