個人事業主と給与所得者、得なのはどっち?税負担に大きな差、某大学教授が憲法違反だと裁判
元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな配当は「蛸配当」です。
日本は「申告納税制度」なので、みなさんの申告によって税額が確定し、納税を行うことになります。場合によっては、それから税務調査が行われ、追加で本税を支払うこともあるでしょう。
ただ、申告納税制度のもとにおいても、申告をしない、いわゆる“無申告者”は存在します。税務行政は、それを放置しているかというと、もちろんそのようなことはなく、情報収集に努め、それらについても是正しています。
もうだいぶ昔のことですが、関西地方の有名大学の教授が、無申告加算税を賦課決定されたことがありました。教授の給与年収は170万円、雑収入は3万円で、決定は源泉所得税を引いた本税5万円と無申告加算税数千円でした。
年収が少ないように見えますが、当時の平均年収は44万円で、私立大学の教授職の年収として170万円は相応の金額だと思います。教授は、3つの理由で納得がいかなかったようで裁判になりましたが、最高裁判所の判決が出たのは確定申告から20年後のことでした。
【教授の3つの主張】
(1)事業所得には必要経費の実額控除を認めているが、給与所得にはこれを認めず、給与所得控除の額も、実際に給与所得者が支出する必要経費の額を大きく下回る。
(2)事業所得の捕捉率に比べ、給与所得の捕捉率は極めて高く、給与所得者は不当に過大な所得税負担を強いられている。
(3)事業所得者には合理的な理由のない各種の租税優遇措置があるが、給与所得者にこれはなく、不当に過大な所得税負担を強いられている。
つまり、給与所得者である自分は、個人事業者と比べて不当で過大な税負担を強いられており、これは憲法14条1項に違反して無効であると主張したのです。
【憲法14条】
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
個人事業主と給与所得者、得なのはどっち?
みなさんが税務調査を受けて、あるいは税務署の処分を受けて、その処理に納得がいかないということはあるでしょう。税法の規定が間違っている、実際の経済活動を考慮していないなどと考えて、不服申立てや裁判を行うこともあるかもしれません。
しかし、憲法違反であると主張するのは、なかなかに難しいのではないでしょうか。教授の主張に対し、裁判所は次のように判断しました。
まず、給与所得と事業所得の控除などの違いについては、「国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、なんら違反するものではない」。そして、“クロヨン”“トゴーサンピン”と揶揄されるように、所得の捕捉率には乖離がありますが、これについては「租税公平主義の見地から、その是正のための努力が必要であるといわなければならない。しかしながら、このような所得の捕捉の不均衡の問題は、原則的には、税務行政の適正な執行により是正されるべき性質のものである」としました。
さらに、「租税優遇措置が合理性を欠くものであるとしても、(略)違憲無効ならしめるものということはできない」として、教授の主張を退けました。
教授の主張は認められませんでしたが、その後、昭和60年の税制改正において、給与所得控除は拡張され、確定申告関係の書籍やサイトでお馴染みの、まったく使えない制度“特定支出控除”が新たに創設されました。
給与所得者と事業所得者の税負担が平等だとは思いませんが、それを理由に申告しないというのは、合理性に欠けます。ただ、教授の訴えがなければ、今日の所得税の制度はなかったかもしれない。そう考えると、勇敢かつ意義のある事件だと思います。
なお、もし税負担のことだけを考えて、個人事業者になろうという人がいれば、それは正しい選択とはいえません。税負担以外の長所が給与所得者にはたくさんあるからです。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)