元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな小説の書き出しは「ある朝、グレゴール・ザムザがパソコンを開いたとき、売掛金が帳簿の上で一匹の巨大な買掛金に変ってしまっているのに気づいた」です。
新型コロナウイルスの影響で、今年は税金の申告、納税、申請まで延長されました。経営者からすると、申告の延長はともかく、納税の延長は喜ばしいことだと思います。無利息でお金を借りるのと同じ効果があるので、期限ギリギリまで納税しない法人もあるのではないでしょうか。
ただ、そうすると、申告期限が納期限なので、申告もできない。それは、企業として不利益があるかもしれません。
また、このような時期なので、予定されていた税務調査が中止になっているそうです。そうなると、新規の調査への着手も行われていないかもしれません。調査担当者も、「調査させてください」とは言いづらいし、連絡を受けた税理士の先生も「社長、調査やるみたいです」と伝えるのは憚られる。しばらくは、税務調査のない世界が訪れそうです。
さて今回は、よくある“リベート収入”が否認された事案を紹介します。過程は全国どこの法人でもありそうですが、結果が厳しい。交渉の余地はあったと思います。
都内で製造業を営むAさんは、工場で働く従業員を15人ほど抱えていました。事業は順調で、不正を行う意思もないし、税務調査が来てもなんの心配もありません。
調査担当者は20代の女性です。1日目は本社の応接室で帳簿を見ながら話を聞かれましたが、特に変わったことはありませんでした。2日目は「工場を見たい」と言われ、朝から税理士と3人で車に乗りました。
工場内を徘徊されると危険だし、作業中の職人に長時間話しかけられると作業効率が落ちてしまいます。不安になりましたが、職人には挨拶だけして近づくことはなく、工場内の何もないエリアを少し歩きました。
ちょうど、工場内のベンチで缶コーヒーを飲んでいる古参の従業員がいましたが、やはり話しかけることはなく、会釈をしていました。
うっかり申告が漏れていたリベート収入
調査担当者は30分ほど見て回ると、何も出ないと思ったのか本社に戻ると言います。拍子抜けした税理士と3人で車に乗りました。本社に戻ると調査担当者は、総勘定元帳の売上や雑収入のところを見始めました。1日目も確認していたはずですが、再び見ています。5分ほどすると、自販機の売上がどうなっているかを聞かれました。
「あなたは、まだ若いから知らないと思うんですが、自販機の飲み物が売れても、うちにはお金は入らないんですよ。業者にお金が入るんです」
「いえ、そういうことではありません。自販機を設置した業者から、リベートをもらっていますよね? その話をしています」
うっかりしていました。自販機を設置した10年ほど前から、確かにリベートをもらっていました。しかし、工場の純粋な売上と分けるために、Aさんの使っていない預金口座に入金してもらっていたのです。
「いえいえ、不正を働くつもりではなかったんです。従業員の福利厚生のために設置して、値段も100円だし、だからそのお金が会社の収入になっていないのはたまたまなんです。つい、経理に言わないまま10年が経ってしまいました。通帳を見てください。使っていません」
調査担当者は、Aさんの弁解に対し黙って頷くだけで、何も言いませんでした。ただ、通帳や総勘定元帳のコピーを取って帰っていきました。
その後の調査のまとめでは、「偽りその他不正」があったとされ、重加算税を賦課された上に7年遡及されてしまいました。つまり、7年分の修正申告をしなければいけません。不正があるので、延滞税も7年分です。リベートは、すべてAさんの役員給与として処理され、損金にもできませんでした。
自販機のリベートを収入としていなかっただけで7年も遡及されるのは、かなり珍しいケースだと思います。Aさんに知識があって、もう少し粘っていたら、5年で済んだのではないでしょうか。経営する以上は、税の知識の習得が不可欠ですね。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)