元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな否認項目は「架空仕入れ」です。
A社は、婦人服小売業を営む会社です。あるとき、調査官がやってきて税務調査が行われました。そして、帳簿書類を調査した結果、所得金額の計算に誤りがある、と更正されてしまいました。仕入の一部が架空計上されており、代表取締役社長にそのお金が流れている、との指摘です。納得できなかったA社は、不服申立てを行いました。
本件仕入れは、現品が存在し、従業員が行った商品の棚卸しの際に(すべてではないが)期末商品棚卸表に記載されていて、さらに、その商品を購入した顧客も判明していて、架空な仕入れではない、と主張しました。
では、税務署は何を根拠に仕入れが架空であると言っているかというと、調査担当者が調査を行ったところ、社長が仕入先に正規の取引とは別に架空の取引の納品書を発行するよう依頼し、架空の取引額と正規の取引額と合わせた額を振り込み、後日、現金で架空仕入れ分をキックバックした事実を確認したというのです。
その仕入れ先は、架空の取引の納品書には、通常の取引では使用しない品番を記載し、また、売上帳と納品書の控えに「〇」印や「×」印を記載し、預金通帳の余白には当該社長の名前を記載して、正規の取引と区別できるようにしていました。
調査担当者は、反面調査により、この事実を確認したと思われます。ぼくも似たような経験がありますが、見つけたときの高揚感はとてつもなかったと思います。調査担当者としては、明確な不正の証拠であると認識するのに十分だからです。
しかし、国税不服審判所が調べた結果はこうでした。
運送会社からの送り状と請求書によれば、すべてが架空仕入れではなく、商品の一部が納品されている。棚卸表によれば、商品の一部が在庫商品となっている。出張旅費請求書によれば、取引の前後の日に社長が現金を受け取りにいったような出張がない。
また、調査担当者が反面調査で明らかにした仕入先の架空取引と正規の取引の区別について、納品書の中には別件の取引が混在していて、いろいろな取引の商品番号が続き番号となり、通常取引では使用しない商品番号であるのかはよくわからず、売掛帳、納品書の控え、預金通帳の余白のメモは、誰が、いつ書いたものか不明で、架空の取引と正規の取引とを区別するために書いたかどうかもわからない。
さらに、社長がキックバックをもらった具体的な証拠、費消した事実、預金として受け入れた事実を把握していない。そうすると、反面調査先の話は、裏付ける資料が曖昧なもので信ぴょう性があるとは言いがたく、その話以外に架空仕入れを裏付ける明らかな証拠資料はない。つまり、税務署が仕入れを架空取引であると認定した判断は、証拠に欠けるものであり、更正処分は取り消すべきである、と判断されました。
もちろん、不正があるとして賦課されていた重加算税も取り消しとなります。客観的な事実では、架空仕入れがあったと想定することは容易であり、同様の事案があれば、社長が認めて修正申告をして、重加算税を賦課して終了するでしょう。しかし、本当に不正がなく、取引先が嘘をついていた可能性も否定できません。
きっと、伝票や書類の保管は乱雑で、キックバックを現金で受け取っていたこと、そのキックバックの金額が少額で、費消あるいは蓄財として認定できるほどの金額にならなかったことなど、調査担当者にとって不利な状況だったのでしょう。反面調査をして、あれだけの事実があるのに社長が認めないというのは、かなり珍しいことです。しかし、実際に不正を行っていないのであれば、社長は最後まで戦うべきですし、実際に、そうして処分の取り消しを勝ち取りました。
調査担当者が、推定で不正を認定してしまうこともあります。身に覚えのない不正は、はっきりと否定すべきでしょう。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)