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村井英一「お金の健康法」

医療費の自己負担増でも死亡率に影響ない?定説を覆した「自然実験」とは?

文=村井英一/家計の診断・相談室、ファイナンシャル・プランナー
医療費の自己負担増でも死亡率に影響ない?定説を覆した「自然実験」とは?の画像1
「Getty Images」より

 今年のノーベル経済学賞は、「労働経済学の実証的研究」などの理由から、デビッド・カード氏ら3人が選ばれました。これは、一昨年2019年に「途上国の貧困対策に貢献した」として受賞したエスター・デュフロ氏ら3人の受賞に続く、「因果推論」における分野での受賞となります。これは、人間社会での“実験”を観察して結果を導き出す分析手法です。ノーベル賞というと、遠い存在のように思われますが、その考え方は私たちの身近で多く活用されています。

 自然科学の分野では、実験をすることでさまざまな現象を観察することができます。同じ条件で同じ実験をすると同じ結果が得られることで、理論の正しさが証明されます。それに対して、人間社会で起きる現象は、実験をすることができません。そのために“経験則”で語られることが多かったのですが、近年では人間社会での“実験”ともいえる手法が開発され、それまでの定説が覆されています。

 2019年に受賞したデュフロ氏らが途上国援助に使ったのが、「ランダム化比較試験」です。これは、人々をランダムに2つのグループに分け、1つのグループだけにある施策を行い、その効果を測る手法です。多くの人をランダムに選ぶことによって、偏りができないようにし、施策の効果ができるだけ純粋に現れるようにします。

 代表的なのが、新薬などの治験です。「新薬を投与した人」と「投与しない人」の病状の違いでは、正確に効果を測ることはできません。「病は気から」というように、薬を投与されたという違いで偏りができてしまうからです。「投与しない人」にはニセ薬を投与し、本人にはわからないようにして、その効果を検証します。最近では、新型コロナワクチンの治験が話題になりました。治験に参加した人の半分にはニセのワクチンが注射されたのです。

 ただ、一方のグループにはニセ薬を投与する、あるいは一方のグループだけに施策を実施する、という実験を行うのは簡単ではありません。メリットがないほうのグループに割り当てられた人からクレームを受けることにもなりかねません。

「自然実験」

 そこで、実験はしないけれども、あたかも実験したのと同じような事例を観察して効果を測る手法が開発されました。「自然実験」と呼ばれます。同じような状況の人々のうち、政策的な都合で一部の人だけに施策がなされた場合に、その影響を施策がなされなかった人と比較するのです。

 デビット・カード氏は、この手法で最低賃金引き上げの影響を観察しました。アメリカのペンシルベニア州とニュージャージー州の隣接する地域では、経済圏が同じで状況が似通っていましたが、1992年にニュージャージー州だけが最低賃金を引き上げました。それまでは「最低賃金を引き上げると、雇用が減少する」というのが経済学の定説でしたが、カード氏の調査でそうはならないことがわかりました。労働経済学の常識を覆す結果は大きな議論となり、「自然実験」が広まる契機となりました。

 少し手法が違いますが、日本のケースでも常識を覆す研究がなされています。カナダの大学に所属する重岡仁氏の研究では、医療費の自己負担とその影響について分析しています。今は医療費の窓口負担(自己負担)は、60代までは3割、70~74歳は2割、75歳以上は1割が原則ですが(現役並み所得者はいずれも3割)、以前は70歳から1割負担となっていました。69歳と70歳では1歳の違いで自己負担が大きく違います。

 そこで、自己負担が多いと「受診控え」が起きて、健康を悪化させる人が増えるのかを、70歳前後で比較しました。もちろん、年齢とともに病気やケガのリスクは高くなりますので、その点を考慮しながら比較します。70代になり自己負担が1割になると受診の頻度が上昇しましたが、死亡率や健康状態への影響には大きな差がないということです。このことから、高齢者の自己負担を増加させると、受診控えが起きてしまうことが心配されますが、そのことがただちに国民の健康を悪化させるとは、必ずしもいえないようです。

 コロナ禍以降、感染を恐れた高齢者の受診控えという現象が起きています。受診控えによって病気の早期発見ができず、治療が手遅れとなってしまうとの指摘があります。しかし、コロナを除いての国民の健康状態に大きな影響がなければ、今までが過剰な医療だったという可能性が考えられます。この点については今後の研究が待たれます。

 新型コロナは、今までに経験したことのないような事態で、政治も行政も模索をしながらの対応となりました。対策を急ぐ必要もあり、その効果をよく吟味しないままに行われた施策もあります。昨年の全校一斉休校や緊急事態宣言はいったいどれほどの効果があったのでしょうか。特別定額給付金の10万円は財政支出を上回る効果があったのでしょうか。次々と打ち出された施策はいずれも「自然実験」として検証の対象になりそうです。

 私たちの生活でも「定説」に惑わされず、冷静な目でその効果を考えていきたいものです。

(文=村井英一/家計の診断・相談室、ファイナンシャル・プランナー)

村井英一/家計の診断・相談室、ファイナンシャル・プランナー

村井英一/家計の診断・相談室、ファイナンシャル・プランナー

ファイナンシャル・プランナー(CFP・1級FP技能士)、宅地建物取引士、住宅ローンアドバイザー、証券アナリスト、国際公認投資アナリスト。神奈川大学大学院 経済学研究科卒業。
大和証券に入社し、法人営業、個人営業、投資相談業務に13年間従事する。
ファイナンシャル・プランナーとして独立し、個人の生活設計・資金計画に取り組む。個別相談、講演講師、執筆などで活躍。

Facebook:@eiichi.murai.39

Twitter:@coreca

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