官民“密通”システムで作られた「改正水道法」…それを連想させる2つの“事件”
「カネ儲けの原資」は国民の税金・国有資産・公共/公益事業
今、世の中にあるモノとコトのすべては「投資」の対象である。投資とは、いわば“世界公認のギャンブル”だ。豪邸だの高級外車だのと世の中が拝金主義一色の時代に、偏在し滞っているカネは投資で回さねばならない。だが、回したと思っていたら実は掠め取られていたとなれば、結局カネは世間に回らず、さらに偏在する。儲けがどこかに集中すれば、経済情勢は悪化するだけだ。
これまで貯蓄で将来に備えてきた日本人も、将来の年金給付さえ危ぶまれるなかで「老後のための投資」を考えざるを得ない状況に立たされている。どうするかは個人の自由だが、機関投資家や法人投資家のような最新技術もノウハウも情報収集力もない個人投資家は、時に財産を失うことがある。
右も左もわからない世界に国民を押し出そうとしているのは、政府の施策誘導だ。政治と行政の権力周辺には、彼らと結託して、国民が差し出したカネの配分を決める法律に仕掛けを施し、国民が蓄えた富を巧妙に掠め取ろうと考える者たちがいる。
法律をつくる日本の国会には、昔から予算審議の場面で独特の光景がある。議席にふんぞり返った閣僚の傍らで、答弁資料や要点メモを手にした若手官僚が献身的に跪く姿だ。「公僕」とは国民が役人にそういう姿を強いることではないため、見ていて不愉快だし居心地もよくない。規制緩和と民営化の嵐が吹き荒れた1980年代半ば、筆者は退官した元キャリア官僚にそのことを率直に聞いてみたことがある。彼が答えた内容は、おおむね次のようなものだった。
「親分である国務大臣が無能なら、官僚の奉公は屈辱でしかない。もちろん、それに抵抗を感じない者もいるが、いつかどこかで雪辱を果たさねばならないとの思いは、たぶん誰もがぼんやりと感じている。ただ、歳を重ねて立場も変われば、その思いは予想外の方向に転じるものだ」――。
時の経過とともに、積年の苦労と屈辱を晴らす相手は、例外を除けば、己の処遇に権力を持つ“親分衆”ではなくなる。昇進した幹部官僚の多くは、マスメディアが吐き出す官製情報を鵜呑みにして無能な政治家に性懲りもなく投票し続ける“国民の無知”に向けられるからだ。
鍛え上げた頭脳と知恵の出しどころは、昇進や第二の人生を豊かに過ごせる「天下りの受け皿づくり」と「そのために世論の目を逃れるための手練手管」となる。それを成し遂げるための原資は、国民の税金や国有資産、そして公共/公益にかかわる事業などが生み出す巨額のカネである。
そのカネは果たしてどこに向かうのか。
国内公共インフラ資産185兆円中、120兆円が水道資産
大層な椅子に座って目先の利権を漁るだけの政治家と、昇進や天下りだけが人生の目標となってしまった上級官僚が、巨大資本をバックに実体経済の裏を操る術に長けた者と組めば、マスメディアは他愛なく篭絡され、庶民は働き蜂とされてしまう。
「官民連携」といえば聞こえはいいが、実態が惨憺たるものだということは、平成末期から令和はじめに問題となった「産業革新投資機構」や「クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)」の実態を見るだけでもよくわかることだ。
政府は「水道コンセッション契約(事業の運営権を企業に売却する仕組み)で自治体が管路改修費等の財源を得る」かのように公言して法改定を強行したが、それは民間企業が得る莫大な利益含みであり、そのために値上げされる利用料金を負担するのは住民/国民である。
道路や空港など国内公共インフラの資産価値は総計185兆円。このうち水道資産は「上水道40兆円+下水道80兆円=120兆円」と、実に全体の65%を占める。今後、官民連携で公共サービスの提供を民間企業が主導するPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:公民連携)/PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ:民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)手法が乱用されれば、自治体と企業の水道コンセッションは次々に成約し、水道事業も後述するような事件と無縁ではなくなる。
国家権力と巨大企業が“密通”する「公明正大な出入口」
2017年12月22日、大阪府堺市のヴェオリア堺南営業所で、嘱託社員による収納金着服事件が発覚した。被害額は124世帯分の約1944万円。納入通知書の再発行を第三者がチェックする社内体制が整っていなかったのが直接の原因だった。当該社員は当然、懲戒解雇となった。
だが、資産価値120兆円の水道事業が開放された今後は、こうした事件にまつわるカネも桁違いの額となるに違いない。前回の記事で紹介した公共サービス国際研究所(PSIRU)の『腐敗と公共サービス』が報告していたように、「水道事業の長期的なコンセッション(…中略…)またはPPPも、政府をバックとして25年も30年も続く一連の収益を狙った一度きりのチャンスであり、さらに賄賂を促す同様のインセンティブを生む」からである。
行政を動かす現場には、大多数の国民が知り得ない「バックドア(裏口)」がある。いわば「国家権力と巨大企業とが“密通”する出入口」だ。官と民の境界を溶かす仕組みは、「上(官)から下(民)に向かう一方通行の天下り」だけではなく、今や米国同様、「自由往来が可能な回転扉」になった。政府と大企業の“絆”は、「政治家・官僚幹部と大企業幹部との密約」「企業幹部を政府審議会の委員に選任」「大企業の中堅幹部が行政内部に直接出向」といった複数のルートで結ばれている。
「改正水道法」が可決・成立する直前の2018年11月29日に開かれた参院厚生労働委員会で、仏ヴェオリア社の日本法人「ヴェオリア・ジャパン」の社員が内閣府の「PPP/PFI推進室」に出向していたことが社民党の福島瑞穂議員の指摘で発覚した。同年10月1日現在の内閣府資料を見ると、同社員の内閣府における肩書は「政策統括官・経済社会システム担当」と記載されている。
同推進室は、水道を含む公共部門で民営化を推進する政府の中枢部署であり、閣法の法案作成にもっとも深くかかわる。当然、利益誘導の疑惑が追及されたが、内閣府は「調査のみ」と逃げ、菅義偉官房長官も「国家公務員の服務規律を順守させており、制度上の問題はない」と批判を一蹴した。しかし、水道事業とは無縁の企業ならともかく、同社は水道コンセッション推進の基盤となるPFI法で利益を得る当事者であり、法案作成に関与すれば当然、「利益相反」を問われる。
ところが、野党がここぞと追及し、メディアがあれだけ騒いでも、法的処分を科された者は誰もいなかった。人事を所管する内閣官房人事局の資料をたぐってみると、「官民人材交流センター」という政府機関のパイプがある。“交流”の実績記録には、政策統括官にヴェオリア・ジャパン社員が就いていた当時、同じ「官名と担当」で民間企業から登用されていた人数が、内閣府だけで190人。中央官庁全体の受け入れ職員登用数は2886人(前年比86人増)。さらに民間企業等を退職した個人含みの登用を算入すれば、実に5889人 (同268人増)にも上る。
同センターは「官民人材交流センター令」という政令に基づく人事交流機関として、「行政機関に組み込まれ」たものだ。前回の記事で、「行政機関に組み込まれることでさらに複雑化・巨大化したその仕組みが常態化すれば、もはやそれは国民の目に『不正・違法』ではなく『正当・合法』なものとして映り、ほかの事例同様に当たり前のこととして定着する」と述べた。これがその実態である。
従って、水道法改定案の閣法をつくっていた最中の内閣府「PPP/PFI推進室」に水メジャーのヴェオリア社員が出向していたとしても、それはもはや裏ルートではなく、法的根拠がある“公明正大な回転扉”だった、ということになる。「利益相反の疑い」など気にもしない、この官民癒着システムを改めもせず、企業を責めたり社命で出向した社員を個人攻撃したところで、骨がらみの“官民交流”システムはなんら是正されない。
パリ市水道民営化の失敗事例を欧州視察から外した秘書官
水道法改定に関連して露呈した事件がもうひとつある。雑誌メディアが「水道法改正の仕掛人」と呼んだ福田隆之氏に対する「水メジャーからの“接待”疑惑」だ。当時、菅官房長官の秘書官を務めていた同氏は、2兆2000億円の運営権売却で知られる2015年の官民連携「関空・伊丹両空港コンセッション契約」の立役者でもあり、コンセッション導入を目的とした「PFI法改定の功績者」として知られていた。
2018年10月下旬、改正水道法案の審議が予定されていた臨時国会の開幕直前、A4判10枚綴りの“告発文書”が出回った。福田氏が欧州視察で現地に拠点を置く水メジャーの“接待”を受けたという真偽不明の情報が詳述されたものだ。直後の11月9日、政府は閣議でいきなり同氏の退任を決定した。菅官房長官の説明は「業務に一定の区切りがついたため辞職したい、との申し出があったから」というものだった。
しかし、2016年1月1日から菅官房長官の秘書官を務めてきた福田氏が、改正水道法の成立直前に「区切りがついたため」というのは理解に苦しむ話だ。仮に“告発文書”が理由であれば、それが虚偽なら「退任」ではなく「訴訟」だろう。そのため、事情に詳しい関係者は当然、フランス本拠の2つの水メジャー、ヴェオリア社とスエズ社を連想した。
内閣府の過去資料に「フランス・英国の水道分野における官民連携制度と事例の最新動向について」と題した2016年の視察報告書がある。表紙と目次含みで27頁だ。同報告書には、欧州視察の「現地ヒアリング調査メンバー」として、下記の顔ぶれが記載されている。
内閣府・福田隆之大臣補佐官
内閣府・民間資金等活用事業推進室
内閣官房・日本経済再生総合事務局
厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生・食品安全部水道課・水道計画指導室
民間資金等活用事業推進機構
日本政策投資銀行
日本経済研究所
2018年に改正水道法が可決する以前、福田氏は「2016年6月、2017年6月、2018年10月」と毎年、公務視察でフランスを訪れていた。報告書には視察目的として「水道分野におけるコンセッション導入を検討する上で必要な情報を自治体等に提供するため、フランスとイギリスの制度設計や先行事例を収集・分析すること」(筆者意訳)と記載されている。
従って、視察団はまず、現地の水道事業が「公営→民営→再公営」という経過をたどった理由を当事者から聴聞せねばならない。最優先のヒアリング先は当然、民営化後に料金高騰などが問題となって2010年に再公営化したパリ市水道局だろう。先進国の民営化でもっとも有名な「水道民営化の失敗事例」だからである。
ところが、同報告書10頁目には次のような記述がある。
「なお本調査では、日程の調整がつかなかったため、パリ市に対するヒアリングは実施していない」
福田氏は2016年も2017年もパリ市水道局を視察日程から外していたのである。参議院厚生労働委員会の質疑でその理由を問われた内閣府PPP/PFI推進室(民間資金等活用事業推進室)の石川卓弥室長は、視察でパリ市水道局が外されたのは「連絡がつかなかったせいで」とその事実を認めつつ、2018年10月のフランス渡航で初めてパリ市庁舎を訪れた福田氏が「パリ市の副市長兼水道公社総裁であるセリア・ブラール氏と“意見交換”した」と回答した。
だが、その視察を記録した報告書は内閣府の過去資料には見当たらない。また、そのときの“意見交換”も、水道コンセッションの是非を問う国会審議に反映されることはなかった。なぜなら、この参院厚労委は同年12月4日に開かれて、改正水道法案はその場で強行採決となり、2日後には本会議でも強行採決されたからである。多額の税金を使った数回にわたる視察団の現地ヒアリング渡航は、肝腎なパリ市の失敗事例を欠き続け、結果、法案審議にはほとんど役立てられなかったのである。
その一方で、2016年の視察報告書にはヴェオリアとスエズの社名が計100カ所も頻出する。そこには、彼ら水メジャーが「再公営化は政治的なものだ」と批判的にコメントする様子が報告されている。前述の参院厚労委では、福島瑞穂委員が「福田氏は2016年に視察で渡仏した際、一番に訪問したのがヴェオリア社であり、次いで訪ねたのは、スエズ、テムズ・ウォーターだった」と指摘している。
パリ市水道局への再連絡は現地でもできたはずだ。福田氏にはもともと、パリ市水道局の失敗事例をヒアリングして国会に提出する気はなかったのではないかと疑わざるを得ない。怪しい文書も出回ろうというものだ。閣議決定の「秘書官退任」で福田氏がいったん表舞台から消えたため、国会は“接待”疑惑を含む告発文書の真偽を、つまり官民癒着の有無を問い質す機会さえ失ってしまった。
水メジャーは「次なる標的」を求めていた
水にかかわる企業で世界の頂点に立つのが、周知のように「水メジャー」と呼ばれる巨大多国籍ウォータービジネスである。
かつて、世界の民間上下水道事業の「運営・給水」で7割を寡占してきたのは、仏ヴェオリア、仏スエズ、英テムズ・ウォーターの3社だった。そのため、今もマスメディアは「3大水メジャー」と報じている。
ただし、これは単純な誤報である。本連載で仏ヴェオリア社と仏スエズ社だけを「水メジャー」のツートップとして挙げてきたのは、英テムズ・ウォーター社の民間上下水道事業がすでに低落しているからだ。事実、日本でも1993年に同社と三井物産が共同で設立した「テムズ・ウォーター・ジャパン」が、2007年に撤退している。
水メジャーのトップ3から消えた同社は、2000年にヨーロッパ最大の公益事業会社として知られる独RWE社に買収され、2006年にはRWEから豪州メガバンクのマッコーリー・グループ傘下、ケンブル・ウォーターに売却されている。かつてメジャー3社が占めていた世界の水道事業運営と給水は、2009年までに全体の7割から3割に、日本で東日本大震災が発生した2011年には、さらに2割にまで落ち込んでいた。
近年は、企業買収で獲得した既存ノウハウに新しい技術を付加したローカル企業群の参入で、「水」産業の世界地図は激変している。テムズ社の減少分もその争奪戦の対象だ。世界最大級の超巨大コングロマリットとして知られる米GE社も1999年、カナダの工業用水事業の買収を手始めに世界の民営水道事業に進出している。
つまり、水メジャーは「次なる標的」を求めていたわけだ。
水関連企業の株価は今、優良な「買い推奨」銘柄
仏ヴェオリアと仏スエズがツートップとしてダントツである状態は今も続いている。しかも、この10年間の世界株式市場が下落傾向にあるなかで、水関連企業の株価は優良な「買い推奨」銘柄として浮上した。東京証券取引所が「インフラファンド市場」を開設したのは2015年4月30日である。
インフラファンドは、不動産で運用する「REIT」とよく似た投資信託で、投資家から集めた資金がインフラ市場を動き回る。「公的年金」「企業年金」「保険会社」「基金・財団」などの金融機関から資金調達し、これを電力や水道、教育などの経済・社会インフラ事業に投資して資産が運用されている
今、水道コンセッションで運営権を握る特別目的会社へのインフラファンドも将来の上場候補となる。魑魅魍魎が蠢くファンドを通じて、日本でも本格的な「水関連の市場化」が始まろうとしている。前出の欧州視察メンバーが好例だ。
改定水道法に挿入された条文を法的根拠として、水道コンセッション企業は「健全な経営の確保」を保証された。それは、インフラ投資を呼び込むものでもある。それを誰が起案し、想定する巨額投資の原資をどこから調達しようとしているのか。
(文=藤野光太郎/ジャーナリスト)