安倍政権の水道民営化の根本的矛盾…運営企業の儲けのために住民に犠牲と負担を強いる
1.運営権者は「運営権対価回収」と「莫大な儲け」を想定
水道事業が公的機関から離れる場合、それが「運営権」を売買するコンセッション方式であろうが、「所有権」も移転する完全民営化であろうが、売買契約の当事者である自治体と民間企業の目的は「カネ」である。それは、「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が公共事業の運営権を自治体から民間企業に売り渡すための“餌”として登場したことを見れば明白だ。
前回までに述べたように、自治体は水道コンセッションによる運営権対価を借金の繰上償還に充て、同時に補償金も免除される。また、運営権者が設定する高額の水道利用料金から上納分を確保し、それまでに悪化した財政を数字の上で好転させられる。もし住民の監視が不十分であれば、水道コンセッション契約期間中になんらかの問題が生じて途中解約となっても、運営権者が設定した高額料金をそのまま引き継ぐことができる。最後に割を食うのは、やはり住民だ。
ただし、自治体がその気になっても企業側にメリットがなければ契約は成立しない。運営権者が惜しみなく数十億円規模の対価を支払うのは、「運営権対価の回収」と「莫大な儲け」を想定しているからである。しかも、静岡県浜松市の下水道コンセッションに見られるように、運営権者は複数の企業連合で新設されるSPC(特別目的会社)なのだ。ただでさえ収益は分散されるため、儲けが大きくなければ元も取れず、契約する価値はない。
管路改修費などで遅かれ早かれ料金改定が必要だとしても、儲けを含まない自治体運営の料金値上げと違って、運営権者は住民から大儲けを上乗せした料金を徴収しなければビジネスは成立しない。したがって、水道コンセッション契約が住民にとって損であることは単純算数であり、小学生でも理解できる話だ。
改正水道法は今年10月1日に施行される見通しである。施行日の公表後、厚生労働省は「運営権者が経営難に陥ったり地域が災害に見舞われた場合、自治体も運営責任を分担するようなコンセッション契約の中身になることを義務づける」との方針を表明した。浅慮でコンセッション契約に歩み出す自治体は今後、真綿で首を絞められるように運営権者の利益サポート役としてがんじがらめに縛られていくのである。自治体の負担は常に財政と直結しているため、結局は住民が税金で負担させられる。給水にさまざまな問題が生じたり経営的な収支が思わしくなければ、運営権者はインフラを所有する自治体を矢面に立たせられる。
水道コンセッションを推進する政府と自治体が、国民/住民の利益を二の次にしていることは明らかである。
2.大幅値上げ批判の「盾」となる論拠こそが改正水道法の肝
政府が水道コンセッションを全国の自治体に成約させるために新PFI法で緩和した「利用料金」の規定について、前回の記事でこう書いた。
「(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい」
新PFI法の第18条は「条例に従って実施方針を定め」「条例には利用料金についても定めよ」と命じている。つまり、「自治体の承認は不要」でも、それが「届出のみでよい」のは、改定料金が「水道条例に基づくものであることが前提だから」である。
自治体の水道条令には料金設定の範囲が定められている。料金を含む具体的な個別契約での運営権設定は「実施方針」に基づいて作成されるが、それは水道条例に則って作成される。条例の料金上限を上回る金額設定には当然、条令改正が必要であり、条令改正は議会の承認を必要とする。
前回の記事で、最後に「……新PFI法だけではまだ不十分だった」と書いたのは、「料金上限枠を広げた条例改定案を議会が認めざるを得ないような改正水道法」が、運営権狙いの民間企業にとっては是が非でも必要だったからである。
それはつまり、こういうことだ。
前述のように、自治体は水道条例で料金の範囲等を定め、条例に則って実施方針が決められる。コンセッションの個別契約では、この実施方針に基づいて運営権が設定される。運営権者は3~5年ごとに自治体に対して水道料金の値上げを求めることができる。その見直し案を含む改定条例案が議会に提出され、その可否が議決される。
自治体が議会の承認を得て料金上限枠の範囲を大きく広げるためには、「こういう論拠によるものだから料金の範囲を広げることは法制度的になんら問題はない」と世論を一蹴し批判を門前払いできる「論拠」を準備しなければならない。法制度的な担保がなければ、自治体は料金規定の改定を断行できないのである。
したがって、大幅値上げへの反発に対する「盾」となる論拠こそが、改正水道法の「肝」だということだ。
3.キーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」
今、筆者の手元に2枚組の興味深いペーパーがある。記載の日付は16年8月29日。水道法とコンセッション方式に関する論点を整理したこの文書は、水道法改正に向けて厚生労働省が開いた6回目の専門委員会で配布された資料である。
端的に整理された箇条書きのメモからいくつか拾い出してみよう。
「コンセッション方式が料金徴収部分のみを地方自治法の特例としつつ、手続き自体は地方自治法に則っている以上は、これに移行しても議会手続きは残ることになる。また、水道法が事業者による利用者からの水道料金徴収の前提に認可の取得を置いている以上、水道法から認可規定を全て取り去らない限り、両法のハイブリッドは残ると考えざるを得ない(その場合、水道料金の変更は、水道法上認可となってしまうため、議会の判断と認可上の判断が矛盾することも想定しうる)」
「ハイブリッドであることを前提に、二つの仕組みの間に矛盾が存在しないと、自治体と民間事業者の双方が納得できる全体像を示す必要がある(=現状では、以下の<具体的な論点>に示すような理由で、これがないと感じられていることが官民双方の不安の源泉)」
「……料金の変更の際にも認可が必要とされている。ただ、この認可を行う上での料金原価・事業報酬の計算式、算定期間、自治体とコンセッション事業者の協調メカニズムなどが不明確であり、国は明確に示す必要があるのではないか」
「……条例で設定されている水道料金(コンセッション事業者に課されている水道料金)の上限を超えてしまう可能性があり、条例の改定を自治体や議会が認めないことが起こりうる。この場合の解決策が示されておらず、国は明確に示す必要があるのではないか」
鋭い問題提起だが、それが結果的に運営権者と政府、自治体の思惑を露呈してしまったようだ。この文書のキーワードは「矛盾」「官民双方の不安の源泉」「明確に」である。つまり「今のままだと提示したような矛盾が残り、法的・制度的に整合性がないため、官民いずれもコンセッション契約に二の足を踏む。政府はこの点をどうにかしなさい」という要求だ。
提出委員は「浜松市水道事業官民連携検討調査」も担当した日本経済研究所の幹部社員である。コンセッション狙いの民間企業にくすぶる「不安」を代弁するこうした要求が厚労省傘下の会議で着々と積み重ねられた結果、次のような方向に結論が誘導されていった。
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民間企業が水道事業の運営に関わることを前提にした「料金原価の算定方法」を検討すべきではないか
(主な意見)
・水道料金の設定について、一定のルールの「明確」化が、将来民間事業者が参入するためには重要。
・「資産維持費」の会計上の取扱いを明確にしてほしい。利益として計上されると、納税の必要が生じる。
※カギカッコは筆者
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水道事業を民間企業に委ねた世界各国で「水質・供給・料金」が惨憺たる状況に陥った数多の事実を知るからこそ、国内には改正水道法に対する「不安」が募った。それに対して政府は「まぁまぁ、そんなに心配しなくても大丈夫ですから」と適当にあしらう一方で、儲けを期待して運営権を買収する民間企業の「不安」は優先して解消したということだ。
それでは、運営権者の「不安」を解消するため、安倍内閣と官庁上層部の期待にこたえて、官僚の冴えた国語はどう発揮されたか。
それは、たった1カ所である。次回、その中身を見ていきたい。
(文=藤野光太郎/ジャーナリスト)