【水道民営化】安倍政権、自治体・議会の承認なしで運営権売却&料金値上げ可能に
1.官僚が「法律をわかりにくくする」ことに頭脳全開
公務は法に則って行われる。従って、官僚のバイブルは法律である。国家公務員たる官僚が法に外れたことをすれば、いずれ問題が起きて、それが露呈すれば責任を問われる。そのため、もし官僚が政治家や民間企業に協調・結託し、あるいは忖度して、その法案づくりや行政行為が国民に不利益なことを承知でそれに加担しようとすれば、その行為に「合法性を担保するための“逃げ道”」をあらかじめ用意しようとする。
2月2日付記事『安倍政権、強硬に水道の事実上完全民営化を進める背景…“外資支配”に貢献する麻生太郎副総理』で、改正水道法の本当の狙いは、周辺法と相互に関連づけられた「法の整合性」にこそ潜んでいる、と書いた。それは、閣法をはじめとする政府主導法案のほとんどがマスコミにも国民にも「できるだけわかりにくく複雑にして国会に提出されがち」だからである。記者クラブで政治・行政の権力と馴れ合いが恒常化し鈍感になってしまったマスコミへの官僚レクチャーに、そうした“肝”の部分をあらかじめ意図的に外したものが多いことは、関係報道と事象の推移を併せ読めば容易に察しがつく。
当然、改正水道法もその例外ではない。しかも、情報の隠蔽・改竄・偽造・捏造が国内外に広く知れわたる安倍晋三政権の閣法である。指示を明示されたり暗示されたりした官僚は保身を優先し、己が持てる“能力”を発揮して「わかりにくくする」ことに頭脳全開となりがちだ。上司や官邸の期待にこたえて一目置かれなければ霞が関では昇進できないし、将来のよりよい天下り先も準備できないからである。
そのため、国民の疑念や批判をあらかじめ回避するための作文力と編集力が法案の隅々にまで冴えわたる。冴えわたった結果、問題の所在はマスコミにも国民にも見えなくなる。身も蓋もない話だが、法令がそのような意図と目的でつくられることは決して少なくない。
2.コンセッションによるインセンティブと規制緩和
さて、前回の続きである。
2018年10月に施行された「新PFI法」(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブ/民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)には、自治体に対する2つのインセンティブと手続き上の緩和規定が盛り込まれている。自治体が民間企業に「水道事業の運営権を売却するコンセッション契約」を急増させるため、同法には「3つの変更」が盛り込まれた。
ひとつ目は「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」、2つ目は「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」、3つ目は「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。条文の解説で話がややこしくなりそうなので、水道事業の「運営権売却」を煽るために新PFI法が緩和した事柄を、旧法の一部も含めて以下、先に要約列挙しておこう。
(1)コンセッション契約で自治体は運営権対価を繰上償還に充てることができる。
(2)その繰上償還時に発生していた補償金の支払いは免除される。
(3)条例で決めておけば、自治体は議決なしで指定管理者に運営権を移転でき、議会に対しては事後報告のみでよい。
(4)運営権者が水道利用料金を変更する場合、あらかじめ自治体の承認を受ける必要はなく、届出でよい。
前回触れたように、改正水道法の施行は公布日である18年12月12日から1年以内だが、新PFI法の全面施行はその約2カ月前の18年10月1日。さらに2カ月を遡る同年8月1日、「自治体向けのインセンティブ=(1)と(2)」が先行して施行された。
3.「運営権対価による繰上償還」と「補償金の免除」
多くの地方自治体には、上下水道事業などインフラの整備財源として地方債が発行されている。地方債は原則として、交通・ガス・水道など公営事業の資金調達時に発行可能な財源であることが地方財政法の第5条に規定されている。それに充てられる公的資金として、財政融資資金(財投)と地方公共団体金融機構資金がある。
新PFI法の施行前は、自治体が財投の元金を繰上償還する際、別途「補償金」を支払わねばならなかった。自治体が借入金を一括で返済してしまえば、国は得られるはずの金利を失ってしまうからだ。
これについて、新PFI法は附則第4条「水道事業等に係る旧資金運用部資金等の繰上償還に係る措置」の第3項でこう記載した。
「……政府は、繰上償還に応ずるために必要な金銭として対象貸付金の元金償還金以外の金銭を受領しないものとする」
国を挙げて水道の運営権売却を煽るため、同規定は自治体が得る運営権対価を繰上償還に充当することを認め、しかも、その「補償金」支払いを条件付きで「免除」したのである。
安倍政権は、オリンピック閉幕後の2年先までにコンセッション事業が生み出す市場目標額7兆円を公言している。自治体が繰上償還を申し出る期限はその約2年以内。「水道の将来に対する世論の不安など無視して、さっさと水道コンセッション契約に邁進しなければ、出口のない自治体の財政負担は消えないぞ」というわけだ。
政府が期限を切って申請をいったん締め切るのは運営権者を守るためだが、経緯と理由、そして、そもそもの目的は回を追って後述する。首長からの上意下達でコンセッション契約に向かわされる自治体の担当部署は、足下を見た政府に追い立てられ、想定される契約上の不利を曖昧にしたまま水道コンセッションの研究や前交渉に没頭している。
4.「運営権」移転手続きに議決が不要と念押し
「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」と「料金改定に関する規定の緩和=(4)」は少し複雑で巧妙だ。水道法改正前の昨秋、筆者は同席した全国紙の記者から「議会が承認しなければ運営権の売却も料金改定もできないはずでしょ」と反論されて驚いたことがあった。記者が誤解していた原因は、旧PFI法から新PFI法への改正で関連法と巧妙につながれた条文を読み切れていなかったせいである。「地方自治法」「新PFI法」「改正水道法」などを照合すれば、コンセッション推進の執拗さと巧妙さがよくわかる。
まずは「運営権の移転手続きの緩和推進=(3)」に見られる執拗さだ。
地方自治法の第244条の2第6項は、自治体が管理者を指定する場合、「あらかじめ、当該普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない」と規定している。PFI法は旧法第26条第2項で「許可を受けなければ、移転することができない」としつつ、第4項で「ただし、条例に特別の定めがある場合は、この限りでない」とすでに解禁していた。
新PFI法では、ここにわざわざ第5項を追加挿入し、次のように記述している。
「同項(筆者注:地方自治法第244条の2第6項)中『ならない』とあるのは、『ならない。ただし、第3項の条例に特別の定めがある場合は、この限りでないものとし、この場合には、当該普通地方公共団体の長は、指定管理者の指定後遅滞なく、当該指定について当該議会に報告しなければならない』とする」
面倒な言い回しだが、この「第3項」とは「条例で定めよ」である。運営権の移転手続きを厳しく「報告しなければならない」と装っているが、これは旧法の第26条第4項で解禁していた「議決不要」を、新法の同条に追記した第5項で執拗に再規定したものだ。まとめて平たく意訳すれば、こういうことである。
「自治体が公的施設の管理者を指定する場合、議会の議決が必要だと地方自治法では定められているが、旧PFI法の第26条第4項で条例に特別規定があれば問題ナシとしている。この点について、新PFI法で第5項を追加し、議会には『報告だけでよい』と念入りに規定した」――だから、自治体は公共施設の運営権売却にもっと拍車をかけたまえ、ということだ。
新旧PFI法が「議会承認も不要」として自治体に「これでもか」と執拗に促す移転手続きの緩和は、住民の承認も不要であることを意味している。住民は「水道を運営しているのは自治体だから安心」と思い込みがちだが、今後は自治体行政を監視する議会も、それを知るのは指定後ということになる。国民に対する水の供給を「民間には任せず公的主体が責任を持つ」ために、「水道法」を「水道事業法」としなかった立法時の理念を、新PFI法は苦もなく毀損し、骨抜きにしたのである。
5.水道料金改定の自治体に対する事前承認は不要
しかし、実はこれら以上に問題なのが、新PFI法に盛り込まれた「料金改定に関する規定の緩和=(4)」である。
地方自治法は、第244条の2第9項でこのように定めている。
「利用料金は…(略)…指定管理者が定めるものとする」「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」
これに基づいて、旧PFI法では第23条第2項でこう規定していた。
「利用料金は、実施方針に従い、公共施設等運営権者が定めるものとする。この場合において、公共施設等運営権者は、あらかじめ、当該利用料金を公共施設等の管理者等に届け出なければならない」
ところが、新PFI法にはその第23条に、次のような規定が第3項として追加挿入されている。
「……前項の規定により定められた…(略)…利用料金に関する事項に適合し、かつ、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同法第244条の2第8項の場合における利用料金として定めることが同条第9項の条例の定めるところに適合するときは、当該公共施設等の利用料金を当該公の施設に係る同条第8項の場合における利用料金として定めることについては、同条第9項後段の規定は、適用しない」
前述のように、地方自治法第244条の2第9項の「後段」には、「指定管理者は、あらかじめ当該利用料金について当該普通地方公共団体の承認を受けなければならない」と書かれている。この部分の規定を「適用しない」ということは、つまり、水道料金についても「自治体の承認」は不要ということだ。
しかし、承認ナシの届け出だけで運営権者の料金改定が可能だとしても、その値上げ額が大きければ世論の反発は必至だ。そうなれば立場上、自治体もマスコミも傍観するわけにはいかない。当然、大幅値上げには法制度上の根拠や必然性が求められる。
そうした事態になれば契約後の事業運営に支障をきたすであろうことを、「運営権」狙いの民間企業も想定していた。それは、コンセッション契約が滞ってきた理由のひとつでもある。なんとしても水道コンセッションを推進したい政府は、これを解消しなければ先に進めなかったのである。
つまり、水道コンセッション事業を全国で広めるためには、新PFI法だけではまだ不十分だったのだ。それでは、何をどうしたか。その鍵は、地方自治法と新PFI法ではなく、「改正水道法」の条文そのものに潜んでいる。
次回で、その仕掛けをえぐり出す。
(文=藤野光太郎/ジャーナリスト)