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旧優生保護法で国、2万5千人の女性に強制不妊手術…賠償請求を棄却した裁判所の論理

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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不妊手術を受けた被害女性(左)と夫

「不良な子孫を残させないために」という名目で戦後、制定された旧優生保護法(旧法)による不妊手術で子供を授かれなかった関西在住の高齢夫婦ら3人が、国に損害賠償金計5500万円を求めた訴訟の判決が11月30日に大阪地裁であった。

 林潤裁判長は「もっぱら優生上の見地から不良な子孫を出生させない目的のもと、特定の障害や病気のある人を一律に『不良』と断定する極めて非人道的で差別的なもの」として同法を憲法違反とした。しかし、賠償請求の時期が遅いという「除斥期間」を理由に請求をはねつけてしまった。同様の訴訟は全国であり、判決は仙台、東京地裁に次いで3番目。いずれも除斥期間によって棄却されているが、憲法違反に触れたのは仙台地裁に次ぐ。

 原告の70代の女性と80代の夫は聴覚障害がある。判決後、顔を撮影しないことを条件に手話通訳を交えて行った記者会見を覗いた。妻は「時間が過ぎたからというのは納得できない。苦しみはいつまでも消えない」と訴えた。夫は「元気な子が生まれ、医師から旦那さんそっくりと言われ喜んだが翌日、死んでいた。その後、まったく子供を授からなかった」「国が違憲な法律をつくってしまったために、私たち夫婦は当たり前の家庭を築くことができなかった。裁判所は長年の苦しみを理解していない。怒りが収まらない」など、身振り手振りで悔しそうに話した。

 妻は1974年の帝王切開による出産時、知らない間に不妊手術を施されていたのだ。その後、生理がないことを尋ねた母に「子供はつくらないほうがいい」と言われ、不妊手術をされたことを知ったという。

 この日、会見には出なかった知的障害のある77歳の原告女性の姉は、「妹は長い間苦しんだ。請求が認められず大変残念に思う」とのコメントを出した。この女性は22歳の時に何も知らされずに不妊手術をされたことを後に知ったが、死別した夫には告げられなかったという。

旧法を非道としながら法の安定を優先

 優生保護法は、1948年(昭和23年)に成立して半世紀近く存在し、96年(平成7年)に強制不妊手術の規定を削除して「母体保護法」へ改正されたが、全国で約2万5000人の女性が不妊手術をされた。ナチスドイツは「優生思想」を拡大解釈して「T4作戦」を極秘に展開し、身体障害者や精神障害者ら7万人をガス室で殺害したとされる。

「障害者は社会にとって害悪でしかない」。優生思想にもつながる、こうした歪んだ思考が最近の日本で凄惨なかたちで現れたのが、2016年7月に神奈川県の障害者施設で元職員に入所者19人が殺された「津久井やまゆり園事件」である。

 原告の女性は会見で「一律に20年過ぎたからといって棄却されるのは納得できない」と語った。民法上の除斥期間は画一的に「行為の時(ここでは不妊手術)から20年を経れば請求権利が消える」とされていたが、今年4月に民法が改正された。この20年は「時効」とされ、起算時は行為の時ではなく被害者が被害行為に気づいた時となった。これは不妊手術されたことに気づいた、というだけではなく、それが被害であると認識できた時点である。

 林裁判長は「原告らが長期にわたって提訴できなかったのは、自己の受けた不妊手術が優生保護法に基づくものと知らされず、平成30年まで国家賠償を求める手段があることを認識していなかったため」と認めた。平成30年というのは、宮城県の女性が全国初の提訴をしたことを指す。しかし同裁判長は「障害者に対する差別や偏見を旧優生保護法が助長したことは否定できないが、原告が提訴できない状況を国が意図的につくり出したとまでは認められない」とすり替えた。

 仙台地裁は、子供を産むなどの自己決定権を保証する憲法13条について旧法の違憲性を認めたが、「法の下の平等」をうたった憲法14条に触れたのは今回の大阪地裁が初めて。原告団代理人の辻川圭乃(たまの)弁護士は「仙台地裁より踏み込んだことは評価できる」としたが、「旧法を非道としながら法の安定を優先したことに強い憤りを感じる」と語った。

 原告側は起算時点について、手術をされた40年以上前ではなく、04年3月に当時の坂口力厚労大臣が国会で旧優性保護法による被害者への補償に言及した時点だと主張したが、林裁判長は認めず、除斥期間を型通りに適用したけだった。

 現行法ではなく、すでに消滅している法律の違憲性を指弾することは裁判官にとってさほど難しいことではない。「治安維持法は違憲である」とするのと変わらないだろう。それより生身の被害者をいかに救済するかだ。しかし、結局、司法の場でなんの救済もなかった。優生保護法をめぐっては19年に安倍晋三首相が謝罪し、国は一律320万円の一時金を支給するとしているが、そんなもので彼らの長い苦しみを贖えるはずもない。

 被害者は国に対し「違憲だと認めろ」と訴えているのではない。救済なしに裁判官が正義面をして違憲論をぶっても意味はない。厚労省は「国の主張が受け入れられた」とコメントを出したが、女性は「もう一度私たちの訴えを司法の場で考えてもらいたい」と控訴の意思を見せた。大阪高裁の裁判長はどうするか。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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