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江川紹子の「事件ウオッチ」第181回

【江川紹子の考察】経産キャリア官僚「給付金詐欺事件」が問う、公務員の“質の低下”

文=江川紹子/ジャーナリスト
【江川紹子の考察】経産キャリア官僚「給付金詐欺事件」が問う、公務員の“質の低下”の画像1
世間に衝撃を与えた、経産官僚による給付金詐欺事件。その背景にあるのは……。写真は経済産業省総合庁舎本館(「Wikipedia」より)

 唖然とした人が多かったのではないか。経済産業省の20代の若手キャリア官僚2人が、コロナ禍での国の経済支援策のひとつである「家賃支援給付金」制度を悪用して約550万円をだまし取っていた疑いで逮捕された。この制度は同省が所管。身内の者による、許されざる不正受給である。

なぜ公務員倫理に反する事件が相次いだのか

 同省所管の給付金を巡っては、昨年6月頃から不正受給が相次いだ。同省は不正を調査するために担当職員を置き、SNSやホームページで「不正受給は絶対に許しません」「不正受給は犯罪です」などと警告して、自主的な返納を呼びかけていた。逮捕された2人がそれを知らなかったはずはあるまい。

 コロナ禍によって売り上げが大きく落ち込んだ中小企業や個人事業主への同省所管の給付金は、2020年5月に始まった「持続化給付金」と、7月開始の「家賃支援給付金」がある。法人の場合、持続化給付金は前年からの売り上げの減少分を最大200万円給付するのに対し、地代・家賃を補助するために作られた家賃支援給付金は、直前1カ月以内に支払った賃料をもとに算定され、最大600万円の給付がある。2人は、上限に近い金額をだまし取ったことになる。持続化給付金など、他のコロナ対策の制度を悪用していないか、余罪についてもしっかり捜査する必要があるだろう。

 2人が不正な申請を行ったのは、昨年12月下旬から今年1月にかけてだ。この年の12月初めには、顧問先の従業員ら約100人に持続化給付金の不正受給を持ちかけていた疑いで国税庁OBの元税理士が大阪府警に逮捕され、被害額は1億円以上に上るとして大きく報じられた。また警視庁も、国立印刷局の20代の男性職員2人を持続化給付金の不正受給の容疑で逮捕、別の20代の男性職員2人を書類送検した。4人はそれぞれ100万円の給付金をだまし取ったとして起訴され、懲戒免職となった。

 こうした事件の報道は、当然2人の目にも入っただろう。その直後に不正の申請を行っていたというのは、なんとも大胆としかいいようがない。制度や対策を熟知しているがゆえに、自分たちは絶対にバレないという自信があったのだろうか。

 今回の事件を受け、梶山弘志経産相は「高い倫理意識を求められる国家公務員たる当省職員に、こうした案件が発生をしたこと、誠に遺憾であると思っている」として謝罪。未然防止できなかったかどうか検証する考えを示し、「全容の解明をふまえて厳正に対処するとともに、再発防止策を検討したい」と述べた。この検証はぜひ、第三者を交えて行ってほしい。

 報道によれば、逮捕された2人は同じフロアで働いており、職場で証拠隠滅の相談をしていたという。実際、押収された2人の私用パソコンから、給付金申請に使用した書類のデータは削除されていた、という。

 また一方の容疑者は、給料よりみはるかに高額な家賃のかかる都心のタワーマンションに住み、複数の高級外車を所有して高級腕時計などのブランド品を購入するなど、国家公務員らしからぬ派手な生活ぶりが目立ち、それが捜査の端緒になった、とも報じられている。職場の同僚や上司は、何も気づかなかったのだろうか。

 不正な申請を行った時、容疑者のひとりは入省2年2カ月、もうひとりは入省してまだ8カ月だった。高い志を持って国家公務員になった者が、仕事をするうちに堕落していったと見るには、あまりに短い期間であるように思える。いったい彼らは何をやりたくて国家公務員になったのか。そのうちひとりは入省前から金遣いが荒く、金銭トラブルを起こしていた、との報道もある。今回のケースは、本来公務員になるべきではない不心得者を誤って採用してしまった結果の事件、ともいえよう。選考過程に、改善すべきところはないのだろうか。

 また、2人が逮捕された日には、やはり経産省の男性職員が国会内の女子トイレを盗撮した容疑で逮捕されている。

 なぜ、このような倫理に反する行為が続いたのか。

組織ぐるみの事件を“身内調査”で矮小化し、経産相も突っぱねる

 同省を巡って、公務員や組織の倫理を問うべき出来事は、ここ数年、ほかにも起きている。

 2019年には、同省製造産業局自動車課課長補佐だった28歳の男性職員が、覚せい剤を密輸・使用したとして逮捕され、保護観察・執行猶予付きの有罪判決を受けた。男性は、仕事に悩み、うつ症状を呈して病院で向精神薬を処方されたが、その後、覚せい剤に手を出すようになり、インターネットを通じて購入するようになった。職場の机からは注射器6本が押収されており、省内で覚せい剤を使ったことも認めている。

 この時には、もっぱら個人の刑事事件として扱われたようで、同省による検証が報じられることはなかった。

 昨年3月、同省が関西電力に業務改善命令を出した際、手続きミスを取り繕うために、資源エネルギー庁の幹部らが虚偽の公文書を作成したことが発覚した。こうした命令を出す前には、電力・ガス取引監視等委員会への意見聴取が法令で義務づけられているが、それを忘れ、命令発出後に行ったことを隠蔽するため、新たに虚偽内容の公文書を作り直した。

 同庁の担当職員が発案し、上司の課長級管理職が了承し、その上の部長級の幹部も承認していた。ところが内部調査の結果、関係者7人のうち、国家公務員法に基づく処分を受けたのは課長級管理職のひとりだけで、それも最も軽い「戒告」だった。ほかは内規に基づき、担当職員と部長級幹部が「訓告」を受けるに留まった。

 梶山経産相は「手続き上、不適切な点があった」とするものの、公文書の改ざんには当たらないとして、刑事告発を見送った。身内に甘い、と批判され、公文書管理の専門家からは「虚偽公文書作成罪にあたる」などとの指摘もあったが、梶山経産相は「軽い処分とは考えていない」と突っぱねた。

 このように個人の事件は、その個人の問題として刑事手続きにゆだね、組織ぐるみの事件は身内の調査で矮小化する。こうした対応もまた、規律の緩みを招く背景にあったかもしれない。公務員倫理が問われる事件が相次いだ、問題の根を掘り起こすためには、同省内部のみの身内の調査ではなく、外部の目を交える必要がある。

 ただ、今回の事件が投げかけているのは、経産省に限った問題ではないかもしれない。

 国家公務員を目指す若者は年々減少している。人事院の発表では、2021年度の国家公務員採用総合職試験の申込者数は1万4310人。20年度と比べ2420人(14.5%)減った。減少は5年連続となり、総合職試験を導入した12年度以降で最大の減少幅となった。

 一方で、若手のキャリア官僚の離職傾向も高まっている。2019年度に自己都合で退職した20代の国家公務員は1122人で、13年度の2倍以上に上る。キャリアと呼ばれる総合職に限ると86人で、13年度の21人から4倍以上に増えた。

 職場としての魅力が低下し、国家公務員を志望する若者が減少して離職者が増えれば、公務員の質の維持は難しくなる。なんの志もない、本来採用してはならないような者が採用され、あってはならない倫理違反・法令違反の行為をしでかす、というリスクは、今後さらに高まる懸念がある。今回の経産省職員が起こした事件は、公務員の質を巡る危機が迫っているという警鐘と受け止めるべきではないか。

 だからこそ、採用時にまでさかのぼった丁寧な検証をするとともに、国家公務員を魅力ある職場にして、志のある若者を呼び込むための施策も急務だ。特に、すさまじいまでの長時間勤務の改善は、待ったなしだ。

妊娠中の女性国家公務員が深夜まで働き、体調を崩して入院するケースも

 内閣人事局が昨年10~11月に正規の勤務時間外の「在庁時間」を調べたところ、30代以下の総合職で長いことがわかった。特に20代の総合職は3割が「過労死ライン」の目安とされる月80時間を超え、月100時間以上も10月は17%、11月も16%に達していた。

 長引くコロナ禍で、担当部署は過労死ラインの長時間労働が常態化し、疲労も蓄積しているのではないか。

 NHK取材班がウェブ上での連載を書籍化した『霞が関のリアル』(岩波書店)によると、このコロナ禍で忙しさを増した職場では、妊娠中の女性職員が午前1時、2時まで働き、体調を崩して入院するなどのケースもある、という。

 そのうえ「官邸主導」の昨今は、想定していなかったトップダウンの政策が降ってくることがある。昨年2月末に安倍晋三首相(当時)が記者会見で全国一斉の小中学校などの休校を発表した時には、多くの担当職員はそれをテレビで知り、対応に追われた。

 上から降ってくる“やらされ仕事”に追われて、総合職国家公務員の本来業務である政策立案に時間を割けず、徒労感が増している、という分析もある。

 前掲書によれば、毎年卒業生の進路を調べている「東京大学新聞」の編集担当者は、東大生が官僚を目指さなくなった理由を、次のように整理している。

 1 官僚の長時間労働に対する忌避感が強まっている
 2 景気が回復し、就職先として民間企業の魅力が増した
 3 待遇は大企業に比べて低いのに国民の評価は低く、報われない
 4 衰退に向かう日本という「沈む船」には乗りたくない

 今回の事件を起こしたうちのひとりは東大出身であり、東大卒が公務員として志が高く優秀だとは限らない。ただ、こういった理由で学生にとって官僚が魅力的な職業として映らなくなっているとすれば、労働時間の問題だけを考えればよいわけではない。

 国会に国家公務員の仕事のあり方と人事などに関する問題を検討する委員会を立ち上げ、専門家を交えて現状を分析し、長期的な視野で対策を考えるべき時ではないか。

 「国民の評価」という点に関しては、マスメディアの報道ぶりなども再考が必要だろう。

 たとえば、2008年に発覚した「居酒屋タクシー」問題。深夜にタクシーで帰宅する官僚が、運転手からビールやつまみ、さらには金券などの提供を受けていた、として国会でも問題になった。33人が国家公務員法に基づく懲戒処分を受け、623人が各府省の内規に基づく訓告・厳重注意となった。

 テレビのワイドショーなども盛んにこの話題を取り上げ、公務員叩きの風潮を拡大した。しかし本当は、この時に行うべきは、公務員の長時間労働を見直す議論だったろう。

 批判すべきは批判するとともに、問題の本質を見失わず、評価をすべき時にはきちんと評価する。それによって、公務員が国民から正当な評価を得られることも大事だと思う。

 国民自身も含め、あらゆる立場の人が、今後の公務員のあり方とその評価の仕方について考えないと、本当に大変なことになる。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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