店に入り、席に着くと、老紳士はその料理店のシェフを呼び付けて「どうだ、おまえ、最近がんばってるか?」と激励。シェフも「はい、おかげさまでどうにか」と頭を下げて答える。さらに老紳士はトイレが汚いと小言を言い出す。
正田さんはそんな老紳士の振る舞いを見て「もしかしたら会長はこのレストランのオーナーなのかも」と思い込み、より信頼を傾けていくのだった。
4.身内に芸能人がいるアピールをする
(1)にも通じるが、この老紳士は著名人とのつながりの深さを思わせる言動を巧みに使っている。代官山付近を一緒にドライブしていたとき、高級そうなマンションの前で「このマンションもオレのでさ、娘が今ここの一番上の階に住んでんだよ」と自慢げに語ったそうだ。
娘は老紳士のネタの一つだが、実際に芸能人としても活躍していた。だからこそ、老紳士の景気の良さの信憑性を与える一つの道具となったのだ。
5.時に助けてくれることがある
ここまで読んできたならもう分かるだろう。老紳士は正田さんを信じ込ませ、心をがっちりつかんでいたのだ。そのやり口は、非常に巧妙で、恐ろしさを感じる。
ある時、正田さんにある財団への出資の話が持ちかけられるが、その話を老紳士にすると、「自分も(投資の)説明会に行く」と言い張り、実際に参加する。そして「あのじじい(出資の話を持ちかけてきた人物)は詐欺師だ」と正田さんを叱った。
その財団はその後存在がなくなり、詐欺だったと分かるのだが、こうした「アドバイス」を通して「この人には見る目がある」という自分のブランディングを築き上げていったのだ。
■お金を渡してからでは遅い
老紳士が変わり始めたのは、ビジネスの話をされて、彼に1,000万円ほど預けることにしてからだった。
彼はブラックタイガーの養殖ビジネスへの出資、シンガポールに新設されるカジノへの出資、近々上場される予定の未公開株の購入など、次々に胡散臭い儲け話を正田さんに持ってくるようになった。正田さんたちはこのとき老紳士を信じきっており、正田さん以下、会社の従業員たちもこぞってお金を出していたのだ。
ところが、そこから頻繁にかかってきていた老紳士からの電話は途絶えてしまう。そして、いつまで経っても連絡はこない。ようやく真実を正田さんたちが知ったのは、彼と知り合って3カ月が過ぎた頃だった。
■騙された経験を「高い授業料」に転化できるか
老紳士の正体は一体なんだったのか? 顛末の全貌はぜひこの本を読んでいただくとして、正田さんは個人的に2,000万円以上のお金を老紳士に預けていた。しかし、自分たちを騙したことに対して詰めてもさらに騙そうとする老紳士や、それにまた引っかかってしまう正田さんたちの姿を、誰が滑稽といえるだろうか。このエピソードはビジネスの汚い部分をしっかりと描ききっていて、「こういう人っているよな」と思わず納得してしまうはずだ。