大手日用品メーカーのライオンが、2020年4月から新たな取り組みを始めるとして話題を呼んでいる。
その取り組みとは、自社の従業員に向けて副業に関する情報を案内するというもの。これに先立ち、ライオンでは許可制だった副業制度を申告制に変更済みで、提携企業による副業紹介サイトを使えば、手間なく副業が始められるという。
こうした取り組みは、昨年11月に実行を宣言した「ライオン流 働きがい改革」の一つで、さらなる事業の発展や企業成長に向けた変革の一環であるようだ。ライオンとしては、副業で得た知識や経験が、本業への良い影響を与えることにも期待しているという。
しかしライオンは同時に、本業の残業時間と副業の労働時間の合計が月80時間を超えてはいけないといった条件を複数設けたり、当然といえば当然かもしれないがライバル企業での副業を禁止したりしている。このことは、企業と副業との関係が一筋縄ではいかないことを示しているといえそうだ。
そこで今回は、副業事情に詳しい経営コンサルタント、アタックス・セールス・アソシエイツ代表取締役社長の横山信弘氏に、令和時代における副業や新たな働き方について話を聞いた。
「副業でお小遣い稼ぎ」は夢のまた夢
今回のライオンのような取り組みの是非ついて、「断固反対ですね」と語る横山氏。その理由はどのようなものなのだろうか。
「働き方については、その人がどのような人生を歩みたいのか、どのようなキャリアを形成したいのかということを汲み取って、その通りに支援するというのが現在の潮流です。ですから、『どうしてもやりたいことがあるんだけど会社員は辞めたくない』『特別なスキルがあるんだけど本業では活かせない』という社員に、企業が『それなら副業をやってもいいよ』と認めるのが、正しい手順だと思います。
しかし今回のライオンのような取り組みは、とにかく副業をやりたいという社員に、ハローワークのように新たな仕事を紹介するといった内容なので、副業を案内すること自体が目的になってしまっています。社員の人生や、会社の目的といったものが、なおざりになっている印象を受けます」(横山氏)
横山氏はさらに、そもそも会社員が副業を行うことについても疑義を呈する。
「前提として、副業はとても難しいんですよ。例えば、普通に会社で働いた日に1~2時間副業をして、お給料に加えてお小遣いも充分稼げるという夢のような話はありません。ですから副業として1~2時間慣れていない仕事をやるよりも、本業を1~2時間延長したほうが圧倒的にラクで、圧倒的に対価が高いに決まっているのです。
その人に特別なスキルがなければ、肉体労働やアルバイトで時間を切り売りするしかないので、それならば本業で残業したほうが絶対にいい。本業以外で、どうしてもやりたいことがあるならば別ですが、副業でのお小遣い稼ぎを目的にするぐらいならば、本業をがんばるべきではないでしょうか。
もし、スキルが必要な仕事を副業にするとしたら、副業を始める前に相当スキルアップをしなければなりません。スキルアップには当然お金と時間がかかりますから、かなり遠回りをしなければならないのです。例えば、ブログを書いてアフィリエイトでお金を稼ごうと思えば、これは新しい事業を一つ立ち上げることと同じですから、大変なセンスが必要になります。その事業で儲けを出すだけのセンスがあるならば、副業ではなく、会社を辞めて本業にしたほうがいいでしょう」(横山氏)
クリエイティブに働けるのは一握り
ライオンとしては、本業に対する良い影響も期待しているようだが、これについても横山氏は懐疑的だ。
「副業を行っているにもかかわらず、本業でも力を発揮できるという人は、非常にクリエイティブな方だと思うんですね。確かに世の中には、自分でホームページをつくって仕事を引き受けるというような、相当な時間と労力とセンスが必要なことを、会社員でありながら成功させている方もいらっしゃいますし、そうした副業で培った経験やスキルが、本業のほうに活きたという話もよく聞きます。
とはいえ、そこまでクリエイティブな方が、一般的な企業に1割もいるかといえば、絶対にいないと断言できます。ですから、副業での経験を本業に活かせる人もいるにはいるでしょうが、かなり限られた優秀な方のみといわざるを得ません」(横山氏)
新しい取り組みを始めたライオンに限らず、多くの企業が、働く時間や場所を限定しないフレキシブルな働き方を認めつつある。最後に、これからの働き方がどう変容していくのかということについて、その展望を聞いた。
「柔軟な働き方は、自主的に動ける人やクリエイティブに働ける人にとっては良いでしょう。しかし、そういう人は一握りしかいません。やはり、肉体作業やアルバイトに従事する人々のように、時間を切り売りしてお金を稼ぐ人は、一定数いるんです。その数は、絶対に就業人口全体の半分以下にはなりません。そういう人々には、固定の場所と固定の時間が必要になります。
今、テレワークが注目されていますが、コンビニのアルバイトがテレワークでできるかというと、できるわけがありませんよね。どれほど世界が変わろうとも、右から左に流す仕事が合っているという人は変わらず存在しているわけで、場所と時間が固定された仕事をつくってあげないと、確実な雇用を保つことはできません。フレキシブルな働き方をどれだけ推進しても、フレキシブルに働ける人は限られているわけです。そのため、この先必ず“働き方改革”の揺り戻しがあると思いますし、結局はこれまでとさほど変わらない社会に落ち着いていくのではないでしょうか」(横山氏)
現在、急速に進められつつある働き方改革だが、そこには多くの問題が存在していることも指摘しておかなければならないだろう。柔軟でフレキシブルな働き方について、遠くない将来、考え直すタイミングが来るのかもしれない。
(文・取材=後藤拓也/A4studio)