社内でのプレゼンや取引先との商談など、ビジネスパーソンには「話す」ことでビジネスチャンスをつかめる場面が数多く存在する。そんなとき、話し方、特に「滑舌」が悪くては、どんなに内容が素晴らしくても、相手にそれが伝わらない。つまり、聞き取りやすく話せる明瞭な滑舌は、ビジネスパーソンにとって必須のスキルなのだ。
ビジネスに特化したボイストレーニングスクール「ビジヴォ」の代表を務める秋竹朋子さんに、滑舌が悪いといわれる原因や誰でも簡単にできる解決法を伝授してもらった。
滑舌が悪くなる本当の原因
自分では普通に話しているつもりでも、たびたび周りの人から「今、なんて言ったの?」と聞き返されてしまう人はいないだろうか。日常会話ならまだしも、仕事の場で聞き取りづらい話し方をしていては、損しかない。
「私の教室に相談に来た人の実例です。あるセミナーを主催し、話す内容には自信があったものの、終わって受講者から感想を聞いてみると、『聞き取りづらかった』『何を言っているのかわからなかった』と、滑舌の悪さに関する意見ばかりだったそうです」(秋竹氏)
話している内容が良くても、滑舌が悪ければ興味すら持ってもらえない。その上、話し方はその人の第一印象も大きく左右するという。
「声がよく通り、ハキハキとしている人は、明るくてエネルギッシュな印象を相手に与えます。そういう人はだいたい、仕事もテキパキこなしますね。反対に、ボソボソと話すような人は相手に『この人と仕事をするのは少し不安だな……』という印象を与えてしまいかねません。事実、仕事がデキる人で声が通らない人を知りませんね」(同)
それだけ、声は人を表すというわけだ。ただ、ビジネスにおける話し方の重要性はわかっても、多くの人は改善方法まではわからないだろう。そもそも、滑舌は生まれつきというより、日々の生活のなかで徐々に悪くなってしまうものなのだという。
「滑舌が悪い人の原因の8割は発声法に問題があるのです。私たちは『胸式呼吸』と『腹式呼吸』という2つの呼吸法をミックスして生活しています。声が通って滑舌も良い人は、腹式呼吸という深い呼吸でお腹を使って声を出しているんですね。ところが、滑舌が悪いといわれる人のほとんどは、浅い呼吸の胸式呼吸で話しているため、声がこもり、聞き取りづらくなってしまうのです」(同)
日本人は胸式呼吸の人が多い。それは、日本語という言語が胸式だけでも発音できる言語だからだ。
「たとえば、『橋に箸を置く』という文章中の『はし』という言葉を、私たちは音の高低を用いて別々の言葉として発音します。つまり、日本語では音の高低が重要なんです。一方、英語は『apple』や『splash』など、アクセントが重要。試しに、喉に手を置いて『splash』と発音してみてください。最後の『sh』のときだけ、喉が震えませんよね? こうした強い息を使って発音する必要がある言葉を話すとき、自然と腹式呼吸になるんです。日本語はこうした単語がないから、胸式呼吸だけで話せてしまう。よって、どんどん滑舌が悪くなってしまうのです」(同)
お腹から声を出すための3つの方法
なかには、生まれつきの顎の位置や歯列の関係で滑舌が悪くなってしまう人もいるようだが、ほとんどの場合は呼吸が原因なので、お腹から強い息が出せるようになればいいという。腹式呼吸のトレーニングというと、俳優やアナウンサーが行う「アメンボ赤いなアイウエオ」のような特殊な訓練法のイメージがあるが、簡単にできるものはないのだろうか。
「お腹から声を出すためのポイントは3つ。(1)普段の呼吸を深くすること、(2)腹部のインナーマッスルを鍛えること、(3)声帯の筋肉を鍛えること、です。どれも、とてもシンプルな方法で鍛えることができますよ」(同)
では最初に、普段の呼吸を深くする方法についてはどうだろうか。
「まず、口元を手で覆い『はあ~』とあったかい息を吐いてみてください。吐いたら鼻から息を吸って、またあったかい息を吐く。この繰り返しで、自然と腹式呼吸ができるんです。ほかにも、滑舌が悪い人の話し方の特徴として『同じ強さの息が吐き続けられない』という点があります。だから、『シー』という無声音を10~20秒間、一定の強さで出せるようにするトレーニング法も効果的です」(同)
この呼吸法は、腹部のインナーマッスルを鍛えることにもつながるそうだ。さらに、より有効な方法も教えてくれた。
「『スッ、スッ、スッ』とスタッカートで強い息を吐く練習は、腹部の筋肉を鍛えるのにはいいですね。やはり、筋肉は動かすことがトレーニングになりますから。なので、(3)の『声帯の筋肉を鍛える』というのも、たくさん動かしてあげることが重要です。声帯は出す音の高さによって震える場所が違うので、『あー』でかまいませんから、普段出さないような高い声や低い声を出してみることで鍛えられますよ」(同)
滑舌を左右する「息を吐くタイミング」
これらのトレーニング法は、1日3~5分を目安に行うと1週間ほどで効果が出るという。これでも十分といえそうだが、より即効性のある方法はないのだろうか。
「話すときに、息を吐くタイミングを意識するだけで滑舌が良く聞こえます。ポイントは『単語の頭で息を吐く』ということです。たとえば『いつもお世話になっております』で『“い”つも“お”世話に“な”って“お”ります』と、単語の頭で息を吐くことでグッと滑舌が良くなり、明瞭に相手に伝わります。これは、どんな文言でも同じことがいえるので、ぜひ試してみてください」(同)
「息を吐く」というイメージを持ちづらい人は、単語の頭を意識して強く発音するだけで、言葉の意味が立って聞こえる。ほかにも、話す前に舌を口から出して四方へ伸ばしたり、舌の上下運動が激しいラ行を発音したりすることで、舌が動かしやすくなり、言いにくい言葉がスラスラ言えるようになるという。
「『自分は滑舌が悪いから……』と緊張すると、息も落ち着かず、言葉を噛んだり言葉が詰まったりと、悪循環を生みます。単語の頭で息を吐こうとすれば、『取り沙汰される』などの言いづらい言葉も『“取”り沙汰“さ”れる』と息が整理されて言いやすくなり、話すことへの不安がなくなります。そうすれば、緊張して噛んでしまうということもなくなるでしょう」(同)
単語の頭で息を吐く方法は歌唱にも適用できる。単語の頭を強調して歌うことで、特別なトレーニングをしなくてもプロのような歌声が手に入るのだ。
「接待にも良いですし、異性にもモテます。滑舌が良くて声が通るということは、良いことづくめなんです」(同)
お風呂で何気なく歌っていた鼻歌を、今日から“滑舌トレーニングの呼吸”に変えてみてはいかがだろうか。もしかすると、生活が大きく変わるかもしれない。
(文=ますだポム子/清談社)