あなたはメンタルが強い方だろうか、それとも弱い方だろうか。
強いと思っている人は、自分がこの先メンタルのバランスを大きく崩すことなど想像できないかもしれない。しかし、メンタルは小さなズレが積み重なって、表面化するころには大きなズレになってしまっているもの。
『自分の「異常性」に気づかない人たち』(西多昌規著、草思社刊)には、精神科医としての仕事を通して出会った、そんな例の数々が挙げられている。
たった一つの凡ミスから自殺未遂へ
本書に登場する恵一郎さん(仮名)は、省庁に勤めて12年のキャリア官僚とあって、多忙な毎日を送っているが、彼が自殺未遂へと至ったきっかけは、たった一つの凡ミスだった。
仕事が長引いて終電を逃し、タクシーで帰ることも多いという彼だったが、そんな多忙な折、自分が担当している事業の中間報告書で、彼は数字の入力ミスをしてしまう。
学生時代を含めても、その手の凡ミスをほとんどしたことがなかったという恵一郎さんは、課長に指摘されてはじめてミスに気づいたことがかなりショックだったようだ。ミス自体はほんのささいなもので、そのせいで怒られたりということはなかったが、ミスの事実よりも、ミスをした自分に対する信頼が揺らいだことに、本人は大きな衝撃を受けたという。
この一件があってから、ふとした際に「もしかして、ミスをするかも」という不安がよぎるようになった。それにつれて、これまではモチベーションになっていた、責任のある官僚の仕事へのプライドが、自分を押し潰す重苦しいものに変わっていった。
「あまりに重大なことだと思って、とても人に話せなかった」
さらにこの不安は、深刻なものになっていく。恵一郎さんが属する部署の業務計画がうまく進んでいないこともあって、「あのミスが引き金になって、計画に狂いが生じたのではないか」という妄想が生まれ、まともに眠れなくなってしまったのだ。
もちろん、客観的に見れば彼のミスはほんの些細な、誰でもやる類のもの。すぐに上司が気づいたこともあって、組織にも業務計画にもまったく影響はなかった。
しかし、妄想にとらわれた彼は「あまりに重大なことだと思って、とても人に話せなかった」と語るほど周りが見えない状態になっており、誰かに相談することもできなかったという。
激務に加え、眠ろうと横になっても、また数字をまちがえて国民や政治家から罵倒される悪夢に飛び起きるという生活で、恵一郎さんの精神面は着実に削られていった。そして、ある週末にレンタカーを借りて遠出した彼は、大河のほとりに遺書をおいて、入水自殺を図ったのである。
幸い、無事に救助された恵一郎さんは、精神科を受診。うつ病と診断されたが、医師に対しても、「わたしは、職場だけでなく、日本の行政にまで、はかりしれないダメージを与えてしまった」と語ったという。
この例を読んで、「まさか自分がこんなことになるはずがない」と思った人もいるかもしれない。しかし、メンタルのバランスは、ある日突然崩れるものではなく、長い時間かけて徐々に崩れていくもの。そして、病院にかかる頃には、「誰が見てもおかしいのに、本人だけがわかっていない」状態ができあがる。
何かとストレスの多い現代で、メンタル不調に悩まされないためには、「自分は大丈夫」「ウチの親に限ってそんなことはない」と思わず、自分や家族のちょっとした変化に気づくことが大事。本書はその役に立ってくれるはずだ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。