2016年のアメリカ大統領選におけるドナルド・トランプの勝利は、世界中に衝撃を与えたとともに、米国社会内部の「分断」を明確に示した出来事として人々の間に記憶されている。
また、「分断」を示す例はアメリカだけではない。イギリスでも国民投票によってEU離脱が決定し、スコットランドが独立に向けて動いた。また、スペインではカタルーニャ州が独立への動きを活発にしている。
私たちは、そうした分断する世界の姿をメディアを通して見ているが、本当の姿はまた別の様相を呈しているのかもしれない。そんなことを教えてくれるのが『分断した世界』(集英社刊)だ。
本書は、高城剛氏が世界中をめぐりながら、分断の真の姿を捉えようとする一冊である。ベルリンの壁崩壊から2018年で30年。グローバリゼーションとインターネットは情報の流れを一変させ、私たちは瞬間的に世界と繋がれるようになった。そんな中で起きている分断とは一体なんだろう。
ここでは本書から、メディアが捉えられなかった本当のトランプ大統領の支持層とアメリカの分断について触れていく。
■もはや格差ではなく「身分」。アメリカの貧富の実態
共和党のドナルド・トランプは“白人労働者階級の支持”を受けて主党のヒラリー・クリントンに勝利した、というのが大統領選挙後にメディアや専門家が語っていたことだ。しかし、実際にアメリカの各地をまわった高城氏が出した結論は、そうではなかった。
確かにトランプは、労働組合に属するブルーカラーが大半を占める地域で勝利を収めている。その代表的な例が「ラストベルト」と呼ばれるところで、イリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアなど、北部五大湖周辺の各州にまたがる「錆びついた工業地域」である。その中には過去40年にわたり民主党を支持してきた州もトランプにひっくり返されている。
この地域は、かつてアメリカ製造業繁栄を象徴する地であった。しかし、1970年代からコスト削減などを名目に工場が次々に海外に移転されていき、衰退の一途を辿ることになった。
雇用機会が奪われた白人労働者たちは、貧困層へと転落する。2009年調べのデータによれば、アメリカ人の半分が年収300万円以下の貧しい生活を送っているという。さらにその貧しさから抜け出す術はなく、階層が再生産され続けている。
一方で、富裕層に富が集まり続けている。アメリカ人上位1%の総資産は、残り99%が持つ資産の総量よりも多い。2008年のリーマン・ショック後、2009年から2011年の間に純資産が増えたのはトップ7%の富裕層だけで、貧富の差が一気に拡大してしまった。もはや「格差」ではなく固定化された「身分」同然だと高城氏は言う。
そうした貧困層が社会を変えて欲しいとトランプを支持し、彼を大統領にしたと考えるのは自然だろう。
■トランプ勝利は「アメリカにおける現代の百姓一揆」が要因?
しかし、高城氏が見た「実態」は少し違う。「ラストベルト」の労働者階級にトランプ支持者はいないという。彼らは「政治には期待してない」と述べ、「ロクな政治家がいないから、トランプに入れた。もろ手を上げて賛成したわけではない」と言うのだ。
では、誰がトランプを支持しているのか? それは農家だ。トランプは就任100日を迎える前日に全米ライフル協会(NRA)で演説を行っている。銃社会に対する批判が多い中で、異例の出来事だが、実は早い時期からNRAはトランプを支持していた。
高城氏は、トランプ現象を引き起こした要因を「知的階級の富裕層対低学歴の低所得者」という構図では語れず、その支持者はアメリカの政治に嫌気がさし「自分のことは自分でやる」という独立心をいまも持つ農村部の人々だと指摘する。自衛のために銃を持つことが日常である農業地帯の人々の票を獲得したことが大きな推進力になった。そして、これは「アメリカにおける現代の百姓一揆」であると言うのだ。
もう一つ、トランプ勝利を演出したのが「第三極」である。アメリカ大統領選挙は共和党と民主党だけの戦いではない。第三極といわれる党の代表も出馬し、そこに投票する人たちがいる。トランプは共和党だったが、その主張は第三極のようなもの。新しい自由を求める人たちが、しがらみのないトランプに票を投じたと考えれば、彼の勝利は不思議ではなくなる。
◇
本書はこのアメリカの分断のほかに、EUにおける分断についてもページを割いて詳細に説明をしている。実際に現地に赴いた高城氏の考察は、新たな視点を読者に与えてくれる。
また、本書は前後編の「前編」にあたり、東西冷戦が終結し、世界がひとつになった1989年から徐々に分断が進んだ2019年までを辿る。そして続く後編では2020年からの30年を高城氏が予測し、30年後に世界はどうなっているかを書き上げるという。
世界で起きている「分断」は、日本で生きる私たちにも他人事ではない。これからを生きていくうえで身に付けるべき視点を得られる一冊だ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。