生きるということは、どういうことなのか。人はなぜこれほど辛い思いをしてまで生きるのか。
人生の目的について、誰もが一度は考えたことがあるだろう。作家の五木寛之氏もこの疑問について真剣に考えた。だが、確かな答えは見つからない。正直なところ「わからない」というのが本音だという。
肉親、金銭、信仰について、五木氏が生きる目的を考えていくのが、本書『人生の目的』(幻冬舎刊)だ。そのなかから、ここでは「お金」について取り上げよう。
人生において、お金は切っても切れないものだ。お金がなければ生きていけない。では、五木氏は「金銭」についてどのように考えているのか。
五木氏は、自分でコントロールできないほどの浪費癖があるという。その無駄づかいの激しさは生来のものではなく、もちつけぬものをもった人間の一種の錯乱。要するに、「金というものに慣れていない」のだという。
とはいえ、五木氏は、激しい浪費に走る人間には、どこか人間らしい正しい感覚が生きているようにも思われると指摘する。苦労して稼いだお金を、パッと無茶に使ってこそ、心の憂さが晴れる。そこには、「どこまでも人間でいたい」という切ない祈りがあるように感じられると述べるのだ。
五木氏は、金銭感覚は人から教わるわけにはいかないと言う。自分の生まれ育った環境、生来の資質、そして生きてきた経験、運、不運など、さまざまな要素が絡み合い、その中から自然に身に付けることになる。個人の善意や努力といったものを超えるものが人生にはあると、五木氏はひそかに思っているという。
また、お金を貯めようと思うのなら、お金の世の中を馬鹿にしてはならないことも指摘している。まず、現実を受け入れることが大事だ。「モノだの金だの、しょせん人間にとって重要なもんじゃないさ」と言っているようでは、貧しさから抜け出すことはできないのだ。
人生の目的は一体何か。それは、「自分の人生の目的」をさがすこと。自分自身の「生きる意味」を見出することが人生の目標である。そのためには、生き続けなければならない。
生きる目的を考えてもやもやしている人は、本書を読むことで頭の中が整理できるかもしれない。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。