2019年4月より「働き方改革関連法」が順次施行された。働き方改革とは、「一億総活躍社会」に向けた取り組みであり、「働く人々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会」を目指すものだ。
多くの企業が取り組みを始めており、それに伴い、一つの職業でもさまざまな働き方ができるようになってきた。かつて、“女性が付き合ってはいけない3B”と揶揄された美容師も例外ではなく、その働き方は変化している。
大谷優太氏は20歳で美容師となり、人気美容室で6年間修行し、その後、フリーランスを経て現在は美容室を運営する会社「EN」の代表取締役である。昨今の美容師の働き方の変化を実際に体験してきた大谷氏に話を聞いた。
「夢」が支えとなった時代
美容師は国家資格であるが、技術を伴う仕事であるため、美容師免許を取得してすぐに一人前というわけにはいかない。数年は下積み期間であり、利用客の受付・会計、シャンプーやスタイリストの施術の手伝いなどを行うアシスタントとして働く。その間の給与は非常に低く、労働時間は1日8時間を超えることが多いにもかかわらず、手取りで月に15万円程度だ。それでも多くの美容師が仕事に打ち込むのには理由がある。
「僕は、表参道の人気美容室で6年間、修行しました。僕もそうでしたが、『絶対に自分は人気美容師になる』という夢のために修行をしているので、給与が低いとしても、その夢への情熱が勝る美容師が多いと思います」(大谷氏)
美容師が歩む一般的な道は、修行後に勤務する店でスタイリストとしてデビューし、多くの指名を受けるトップスタイリストとなった後、40歳前後で独立というものだった。しかし、最近では美容師の働き方にも選択肢が増え、個人のモチベーション次第で収入も大きく変わるという。
フリーランス美容師は稼げる?
「僕が美容師になった当時、20代で独立、成功している人気美容師がSNS等で話題になっていました。その方の活躍する姿に憧れ、『自分も20代で独立するぞ!』という目標を立て、実現するために26歳のときにフリーランスとして働き始めました」(同)
美容師としての技術には自信があり、フリーランスとなってからの仕事は順調で収入も増えたが、手放しに喜べる状況ではなかった。
「フリーランスにも2種類あって、業務委託という形と完全なフリーランスがあります。業務委託では、店と業務委託契約を結び、集客などは働く店に頼って、その店の美容師の一員として働く。完全フリーランスの場合は、店舗を借りるなどして、自分の好きなスタイルで美容師として営業し、集客も自分で行うという形です」(同)
大谷氏は、業務委託と完全フリーランスの両方を経験した。
「単純に収入で言えば、美容師の収入は社員が20万円とすれば、フリーランスで50万円、オーナーで100万円というイメージです。しかし、業務委託の場合、フリーランスとはいえ100%自分が思うようにできるわけではなく、収入を確保するためには、かなりの長時間勤務をすることになります。僕の場合には、業務委託では体がもたないと感じました」(同)
そこで大谷氏は完全なフリーランスを目指し、後に会社を起こすことも考え、店舗を借り、フリーランスのまま、美容室を始めた。
美容室初の「サブスク」を導入して人気に
フリーランスとして美容室をオープンすることを決めた大谷氏が選んだ場所は、東京・渋谷だった。流行の発信地で結果を出すことに拘ったという。
「僕の修行時代は、美容室といえば表参道がトレンドでしたが、現在は渋谷だと感じ、渋谷にフリーランスのまま美容室をオープンしました。しかし、競合が多い場所であり、他の美容室にはない何かが必要だと考えていました」(同)
そこで大谷氏が考えついたのが、男性専用美容室とサブスクリプションだ。男性の利用客から美容室を利用することが気恥ずかしいという声を聞くことも多く、男性専用美容室にニーズがあると感じていた。また近年、さまざまなサービスでサブスクリプションが提供さているが、美容室では非常に珍しく、需要があるのではないかと考え、導入を決めた。
「定額で『カット通い放題』というサービスを試したところ非常に好評で、口コミでどんどん利用客が増えていきました。フリーランスで美容室をオープンしてから3カ月経過し、これなら会社を立ち上げ、運営しても上手くいくという自信が持てたため、2021年3月に会社を設立し、新たに渋谷に男性専用美容室『EN』をオープンしました」(同)
ENのオープンに当たり、男性美容のサービスも始め、脱毛を導入した。
「ENが提供するサブスクは、定額で『カット通い放題』と『カットと脱毛』のプランがあります。月1回のカットと好きな1部位の脱毛を7700円でご利用いただけます。カットのみの通い放題のプランは6600円からの定額で、どちらも非常に好評です」(同)
脱毛は併設する脱毛サロンで施術を行うが、一般的な脱毛サロンと比べると非常に安価といえる。
「髭などの脱毛に興味があったというお客様が、当店のサブスクで脱毛を始めるきっかけになり、その後、併設の脱毛サロンで本格的な脱毛を始める方も多くいらっしゃいます」(同)
「男性専用」というニーズがヒットにつながった
「コンプライアンスが重視される現代では、多くの男性が、女性のいる場所での会話に非常に気を使っています。その点、ENのスタッフは全員男性なので、利用客にとっては気兼ねなく話ができる点も好評を得ています」(同)
コロナ禍に客足が遠のき、経営が難しくなった美容室もあるなか、1号店であるEN渋谷店の運営は順調で、近く大阪に2号店をオープンする。美容師が3Bと言われた時代は昔であり、これからは、可能性に溢れている仕事だと大谷氏は話す。
「美容師の働き方が多様化したのは、フリーランスが増えたということだけでなく、メイクやネイル、まつエク(まつ毛エクステンション)など活躍できる場所が複数あるからで、どう挑戦するかで可能性は無限だと思います」(同)
美容師の働き方が多様化し、切磋琢磨することで技術やサービスが向上すれば、利用者にとっても大きなメリットがある。これからの時代の美容師に、大いに期待したい。
(文=道明寺美清/ライター)