日本の少子化が叫ばれて早数十年。厚生労働省が発表した2021年度分の「人口動態統計(速報値)」によると、出生数は84万2131人と14年連続で過去最低の数値を記録。現在進行形で子どもの数の減少に歯止めがかかっていない事態が続いている。
少子化の要因はさまざまであるが、かつては「産まない高学歴と貧困の子沢山」といわれるほど高収入の人は子どもが少なく、反対に低収入の人ほど子どもが多いという認識は一般的であった。しかし、近年の研究によると現在は状況が逆転しているというのだ。
東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学教室 特任研究員である坂本晴香氏の研究によると、子どもを持たない人の割合が男性では39.9%、女性では27.6%に増加。なんと過去30年間で子どもを持たない人が男女ともに3倍近く増えたのである。その一方で高学歴、高収入、正規雇用の男性ほど「子どもがいる割合」「子どもが3人以上いる割合」が増加。女性は、従来では学歴が高いほど子どもの数が少なくなったものの、現在は学歴と子供の数に相関はみられないという。
坂元氏自身がTwitter上で上記研究の概要をまとめたツイートは1万以上のいいね(2022年5月27日時点)を集めており、話題に。「自分だけで精一杯なのに子どもは考えられない……」「経済力のある人だけが子孫を残せる」など多くのコメントが寄せられている。
そこで、元国立社会保障・人口問題研究所・研究員で現在福井県立大学 地域経済研究所教授の佐々井司氏に詳しい話を聞いた。
高額な費用を負担できる家庭しか子どもを持てない?
まず、佐々井氏は高学歴、高収入、正規雇用の家庭ほど子どもを産みやすい理由について解説する。
「前提として現在は出産、子育てにかかる費用は高いです。この費用を余裕もって負担できる家庭のみが子どもを育てられる状況になっているので、統計的に見て高学歴で安定した職に就き、収入も安定している層が子どもを産みやすくなっていると考えられます。
特に近年では晩婚化、高齢出産のケースが増えており、不妊治療などの高度な医療補助を受ける夫婦も増えてきました。近年の年間出生数は80万人台ですが、日本産科婦人科学会による令和元年の統計によると、『体外受精・顕微授精による出生児数の割合』は7%程度とみられ、決して低い数字ではないことがわかります。また、あくまで不妊治療で生まれた数なので、実際に医療補助を受けている人はもっと存在するでしょう。
そして、日本は、伝統的に結婚はしっかりと計画して行うべきという価値観が強い国です。しかも現在は、不景気と相まって将来的な見通しができない低学歴、低所得、非正規雇用の人ほど結婚しづらくなりつつあります」(佐々井氏)
では高学歴、高収入の人ほど子どもを持ちやすくなっているというのは本当だろうか。
「そう言えますね。近年は大学に進学する女性は約半数ほどといわれていますが、それだけ女性も収入の高い職に就きやすくなりますし、収入、雇用の面で安定している男性と結婚できる機会も高くなります。以前は女性自身の収入に関係なく、収入、雇用で安定している男性と結婚できれば子どもを産める時代でしたが、今は共働きしないと家計が安定しなくなってしまったので、女性側も経済力がないと子育ては厳しいのです」(同)
なるほど。「高収入だと子を持ちやすくなっている」というより、もはや現代の肌感覚だと「高収入でないと子を持てない」と言ったほうが正しいのかもしれない。そして、本当に子どもを持つ家庭が高学歴層に集中しつつありそうだ。
「現在の日本では、良い学校に進学するためには多額のお金を積まなくてはいけません。子どもになるべく良い学歴で幸せな将来を歩んでほしいと思い、教育に多額の投資をする家庭は多いです。そのため、高学歴の親から高学歴の子どもが生まれやすい、再生産の構造につながりやすくなります。
そして、高学歴層など一部の人々しか子どもをつくれない状況が続けば、格差や社会の分断はますます進んでいくでしょう。子どもをつくれる層、つくれない層とで差が生まれてしまい、政府の政策によっては片方の層が取り残されてしまう恐れがあります」(同)
貧困層の子ども離れ、コミュニティ形成への影響も
かつては貧困層ほど子どもを多く抱えていたという歴史があったが、やはり今では逆に減少傾向だという。
「昔から貧しい世帯ほど子どもを労働力として重宝していたので、子どもの数が多かったのだと指摘されています。また現代と比べて、性教育の浸透や子育てに関するノウハウ、費用の全容をさほど把握できていなかったのも理由としてあるでしょう。しかし、現在は子ども1人を育てるコストが高くなってしまっているので、経済力のある家庭ではないと出産は厳しい。特に都市部だと、今の政府の支援だけでは足りないぐらい費用がかかってしまうでしょう」(同)
子を持てない一部の層では「子どもは贅沢だ」という言説もあるほど。このままでは、子どもがどんどん希少な存在になってしまうかもしれない。
「子どもという存在がいないだけで地域のコミュニティはかなり変化するでしょう。たとえば、自分の子どもを保育園、幼稚園で送り迎えする際に、他の子どもの親御さんと挨拶をすることがありますよね。そうやって、子どもを媒介した小さな交流から地域のコミュニティって出来上がることが多いのですが、現に子どもを待たない人は増えています。この傾向が続くと、グループ内の共感力や関係性がどんどん希薄になってしまい、子育て世帯のみならず地域全体のつながりが消えていくかもしれません」(同)
そのため、地方自治体が率先して子育て世帯への支援を行うべきと佐々井氏は力説する。
「国が子育て支援の制度をつくろうとすると、どうしても基準を一本化せざるを得なくなるため、地域ごとの特殊性や格差問題を反映するのは難しいです。たとえば、東京と沖縄を比べるだけでも、出生率や死亡率だけではなく、経済力や社会的背景がかなり異なります。
ですから、今の日本の多様性で一律的な制度をつくってしまうと、どうしても制度の枠から抜け落ちてしまう層が出てきてしまいます。そこで個人的な考えとしては、国は大まかなガイドラインだけを決めて、各自治体が地方の独自性に基づいた制度をつくり運用していくことが大事だと思います」(同)
子育てに関する認識を少しずつ改めていくべきと佐々井氏は指摘する。
「『子どもを高学歴にしなければいけない』『教育にお金をかけるべき』という価値観を社会全体で変えていかなければ、子どもが生みづらい状況は変わらないでしょう。そして、子どもを家庭だけではなく、親族や近隣住民でサポートしていく体制をつくることが、育児へのハードルを下げることにもつながるかもしれませんね」(同)
子どもを産みたいと思っていても、できないという家庭は決して少なくないだろう。子どもを産む判断は個々人の自由であるが、経済的、社会的事情で産むこと自体を諦めなくてはいけない社会は、変えていくべきなのではないだろうか。これは国や自治体の問題だけではなく、我々個人も身近な問題として考えていく必要があるのかもしれない。
(取材・文=文月/A4studio)