研究者は通常5~6の学会に所属しますが、年会費がそれぞれ数千~1万5000円ほどです。学会は全国の主要都市を巡回するように開催されるため、地方出張も多いのですが、交通費と宿泊費で1回につき4~5万円がかかります。非常勤講師の場合はこれらの経費はもちろん、書籍の購入もすべて自費ですし、科研費に応募する権利は与えられてもいません。基本的な研究費に加えて科研費取得の余地を考慮すると、専任と非常勤の収入格差には事実上3~5倍の開きがあることになります。
–複数の取引先を持つという意味では、非常勤講師は自営業者ともいえるのでしょうか。
大理 いえ、そうではありません。私は青色申告をしようと思って、地元の青色申告会に相談に行ったのですが、勤務大学からの収入が「業務委託費」でも「報酬」でもなく「給与」なので、青色申告ができないのです。そこで勤務大学にも掛け合ってみたのですが、「給与」でしか支払えないという回答でした。
–ということは、必要経費も控除できませんね。
大理 研究活動や採点業務などは自宅で行うのですが、家賃の半額を経費に計上することもできませんし、学会への出張費用も経費として控除できません。確定申告で経費控除はゼロです。同じ年収の自営業者に比べると所得が断然高くなるので、国民健康保険の納付額などは高いはずです。非常勤という非正規雇用制度による経済的に低水準で不安定な立場、税務処理で青色申告ができない不利な立場という、2つの制度の間のすき間に非常勤講師は置かれています。
–非常勤講師の収入では、民間企業の非正規労働者と同様に、なかなか結婚できませんね。
大理 非常勤の男女が結婚するケースが結構ありますが、そもそも女性研究者には一生独身の人が少なくありません。男性の場合は、専任講師になってから一回り以上年下であるはずの学部女子学生、多くは直接の教え子と結婚するのが伝統的なパターンです。
結婚については男女の非対称性が顕著です。男性は妻子を持って一人前と見なされますが、女性は独身でなければ論外、つまり結婚することは研究の第一線から退くと見なされてしまうため、独身率が高いのです。なかには、医師や弁護士などの高所得者と結婚して一見勝ち組に見える女性もいますが、そうしたケースでは、家庭生活上の制約に縛られて行き詰まってしまう場合があります。夫の転勤や生活時間のすれ違いなどで、研究を継続しにくくなってしまいがちなのです。
女性の教授たちの口からはよく「女性は論文数でも教育活動でも学内業務でも、男性の2倍業績をあげないと認めてもらえない」という言葉を聞きます。それが当たり前という業界なので、勢い女性は独身を通さざるを得ないのです。それこそ死ぬ気で働いて、自分の能力が男性に劣っていないことを証明しなければなりません。
疲弊する大学という職場
–女性が不利である背景には、男女差別があるのですか?
大理 表立ってはありません。文部科学省も専任教員の女性比率を高めるよう大学側に要請しています。ただ、非常勤から専任への登用人事を選考するメンバーがほとんど男性で構成されているので、専任のポストが空いたときに男性が優先的に登用される傾向が強いようです。非常勤から専任に登用される際の基準が明確でないことも、人事の不透明さとして挙げられるでしょう。
–非常勤講師が常勤職の獲得をあきらめるタイミングというのはあるのでしょうか?
大理 民間企業では転職年齢の上限目安が35歳といわれていますが、非常勤から脱却して常勤職に採用される上限は45歳ぐらいです。この年齢を過ぎたら一生非常勤で終わってしまうのが実情で、それだけにプレッシャーがあります。
さらに職場環境全体の疲弊が進んでいることも、プレッシャーの要因でしょう。大学経営が民間企業並みに弱肉強食の時代に入ったことで、教員全体が上意下達のもとで業務のマシーンとなってしまい、精神的なゆとりを持てなくなっているのです。教育には温かみのある人間関係が必要ですが、それが保てなくなってきています。
–そうした環境では、精神を病んでしまう教員も多いのではないでしょうか?
大理 研究職専用の求人サイトがあるのですが、募集要項に研究実績のほかに「心身とも健康であること」と書かれてある求人票をかなり目にします。このような表現は障害者に対する差別にもなりかねませんが、うがった見方をすれば、それだけ過労から心身を病んでしまう教員が少なくないということかもしれません。
–大理さんは、どのようなステップで常勤職への転換を考えているのですか?
大理 研究職には、勤務先と学会という2つの所属先があるといわれています。そこで私は3つの手段を考えています。第一にさらに研究実績を積むこと。第二に学会の懇親会などで各大学の教授たちとの人脈を広げること。第三に非常勤講師として勤務する大学の専任教員たちとも仲良くなっておくこと。先ほど申し上げた科研費を使用した研究プロジェクトなどへの参加は、専任教員から声をかけていただくことが多いのです。
–ありがとうございました。
(構成=編集部)