ああ、どうしても目の前にいる人の名前が思い出せない…。あれ、この話前にもしたことあったっけ…? 日常生活でふと記憶が思い出せなくなることがないだろうか。
人間の脳は、私たちが信じているよりもかなり不完全な装置である。
名前や数字が思い出せないだけならまだしも、悪くするといいかげんな妄想を現実だと信じ込んでしまうこともある。
なぜ、圧倒的な知性を誇っているはずの人間が、不要な買い物をしたり、記憶違いで無実の人を有罪にしたり、とんでもない政治家をリーダーに選んだりという非合理的な判断を下してしまうのだろうか?
この謎に挑んだのが、『バグる脳 脳はけっこう頭が悪い』(柴田裕之/訳、河出書房新社/刊)の著者、カリフォルニア大学で神経生物学部・心理学部の教授を務めるディーン・ブオノマーノ氏だ。
彼がその問いに出した答えは「脳がバグだらけだから」というものだ。脳は複雑なバイオコンピューターだが、ほかのどんな計算装置とも同じで、使う際にはバグがつきまとうと彼は述べる。
本書から、人間の脳がどんな風に「バグってる」のかその具体的な例を、1つご紹介しよう。
■広告に利用されるおバカな脳
「パヴロフの犬」といった実験を知っているだろうか。パヴロフ博士が、「犬にエサを与えるときに必ずベルを鳴らす」という条件付けを何度か繰り返したところ、犬がエサの有無に関わらずよだれをたらすようになったという実験からその名がついた。
実はこれは人間も同じである。
TVコマーシャルを考えてみてほしい。ビールの宣伝に出てくるのは、見栄えがよくて、幸せそうで、魅力的な人たちばかりだ。私たちは、彼らがおいしそうにビールを飲む様子を繰り返し頭に刷り込まれている。
人間も、そして他の霊長類も、他者を観察してさまざまな形で学習することで、社会でのルールを学んでいく。社会的序列の上方にいる人を模倣するように進化した神経系のプログラムのせいで、私たちはそのように売り込まれた製品を喜んで買うことになってしまっているのだ。
1929年の事例を挙げよう。タバコ会社社長の秘書バーサ・ハントは、NYのパレードで若い魅力的な女性たちにタバコを吸わせ、それをメディアに取り上げさせることによって、女性へのタバコ販売数を急増させることに成功した。それは、タバコを吸う解放的な女性のイメージが一般大衆の頭の中に刷り込まれ、結果としてタバコへの人気が高まったという。
同じ味の商品でも、人気ブランドのロゴを付けたものと無名ブランドのロゴを付けたものでは、多くの被験者が「人気ブランドのロゴ付きの方が美味しい」と答えた実験もある。パッケージにだまされる哀れな脳は、こうして味も分からないままに買い物を続けるのである。