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「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第2部>」第41回

権力にしがみつき、経費で豪遊、向島の芸者を愛人にしていた巨大新聞社の前社長

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「Thinkstock」より
【前回までのあらすじ】
 業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。旅行に出ていた吉須と4ケ月ぶりに再会し、吉須から例の封筒について話を聞こうと画策する深井だったが……

 大都新聞社の前社長とは、現相談役の烏山凱忠(からすやまよしただ)のことである。烏山は昭和32(1957)年入社で、後任の松野弥介(39年入社)の7年先輩である。政治部出身で、政治部長、編集局長などを歴任した。政権与党の自由党首脳の懐に食い込んでいた深井宣光を政治部本流から外した張本人とみられ、それは嫉妬以外の何ものでもなかった。

「あの狆(ちん)みたいな小太りの爺さんさ、なんていったっけ?」
 日亜新聞出身の吉須晃人が深井に質した。

「烏山ですよ。今は相談役。大学に入るのに2、3年浪人したようで、年齢は80歳を過ぎていす。あの脂ぎった破顔を見ると、へどが出ますよ」
「奴が長期政権で大都をおかしくしたんだろ? 弱小商社と見紛うような事件も起きたな」

「社長は2期4年で交代し、任期を終えると、会長や相談役にならず、完全に身を引くという慣行が定着していたんです。それなのに烏山は社長を8年もやったんです。でも、政権末期に子会社で“魚転がし事件”が起きたんです」
「その頃だよな。アングラ情報として向島の芸者との愛人疑惑が流れ出したのは」

「そうです」
「当時、大都の社長は『報道協会会長をやるまで、社長ポストに居続ける』とほざいているという話を聞いたような気もする。“魚転がし事件”と女性スキャンダルが表沙汰にならないと10年か12年はやったのかね」

「そうですね。あの頃は今のジャナ研会長の太郎丸(嘉一)さんが報道協会会長でした。当時は国民新聞社長で、うちの烏山は太郎丸さんに対抗心むき出しでした。年が近かったし、同じ政治部出身でしたから」

●勲章欲しさに社長にしがみつく

 新聞業界の業界団体である報道協会会長は大手3社の社長が就くポストで、一応、輪番制の形になっている。しかし、その在任期間は3期6年やることもあれば、1期2年で辞めてしまうこともある。太郎丸の前任は日亜社長で、もし太郎丸の後任ということになれば、大都の社長が就くのが順当だった。

「“魚転がし事件”が発覚したとき、太郎丸さんは協会会長、何年目だった?」
「ちょうど、2期4年目でしたね。だから、烏山は大都社長ポストに10年間しがみつけば協会会長を1期2年、12年間しがみつけば、2期4年やれたんですよ」

「そうか。だが、なんで協会会長をやりたいんだい?」
「それは勲章ですよ。大物政治家と遜色ない勲章がもらえるんです」

「太郎丸さんは勲章もらったのかね」
「いえ、もらっていないんじゃないんですかね。多分、辞退しているんです。スノッブそのものの烏山とは違います。太郎丸さんはリベラル派の論客だし、今だって左派勢力の政治家に対して隠然たる影響力を持っていますから」

「お宅の紙面に、叙勲のお祝いのパーティーで、狆みたいな爺さんの喜色満面の写真が小さく載っているのを見た記憶があるよ。確か2、3年前だ。人格識見だけじゃなく、品位の点でも、太郎丸さんとは『月とスッポン』だな。協会会長をやらせないで良かったわけだけど、辞任に追い込まれた原因はどっちなんだい?」
「事件なのか、愛人なのか、ということですか」

「そうだよ」
「どっちとは言えないです。両方重なったのがよかったんですね。実はもう一つ、報道協会会長の話と別に、表に出なかった烏山の思惑があったんです」

「なんだい? それは」
「今の社長の松野(弥介)を大都テレビに出して、松野と同期の谷卓男(たにたくお)という、当時の副社長を後任に据えようと目論んでいたという噂が流れていたんですよ」

「谷って今の大都テレビ社長?」
「そう。烏山っていう男はひどい奴なんです。2期4年で社長交代し、前任は完全に引退するという大都の美風をぶち壊しただけじゃなく、政治部出身者と社会部出身者もしくは経済部出身者で交互に社長に就くという慣行まで破壊しようとしたんです」

「谷は政治部出身なのか」
「そうです。確かに、谷は能力的には烏山や松野よりましでしたよ。でも、烏山と一緒に向島に入り浸りでした。結局、例の事件で、烏山は8年で辞任、後任はこれまでの慣行通り、松野が就いたわけですが、今となっては堕落の速度の問題でしたね」

●濡れ手で泡の循環取引に手を出し、巨額損失を抱える

 “魚転がし事件”というのは、全国各地の名産品の通信販売を手掛ける子会社「大都通販」が起こした巨額損失事件である。「大都通販」は烏山が社長に就任して1年後に設立した子会社で、損害額は300億円を超した。発覚したのは6年半前である。

「うちには全国各地に支社支局を張り巡らし、部数もトップだ。その地方の名産品を通信販売で読者に売れば、広告も取れるし、一石二鳥だ」

 烏山の鶴の一言で、通信販売会社「大都通販」が設立され、50歳代後半の定年間近の販売局や広告局の社員が送り込まれた。名産品の通信販売だけやっていれば問題なかったが、烏山の“腰巾着”と蔑まれていた政治部記者OBを社長に据えたのがいけなかった。