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東京・丸の内を「人が住む街」に…単なる再開発に終わらない「プロパティマネジメント」の力

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※画像:『「ビル」を街ごとプロデュース――プロパティマネジメントが ビルに力を与える』(岩田研一/著、ダイヤモンド社/刊)

 「丸の内」といえば、「丸ビル」「新丸ビル」が立ち並び、高級ホテルやブランドショップが集まる街として、銀座と並ぶおしゃれな大人の街というイメージを持つ人も多いでしょう。しかし、今からわずか20年ほど前、1990年代前半までの丸の内は、まだ「戦後」の雰囲気を色濃くとどめた寂しい街だったことをご存じですか?

 1997年8月3日、「日本経済新聞」は夕刊9面でこんな見出しの特集を組みました。

「漂流するオフィスビル超一等地――黄昏の街、丸の内」

 「漂流」「黄昏」という落日を思わせる言葉は、今の丸の内からは想像できません。しかし、当時の丸の内は本当にこんな言葉がぴったりきてしまうような状態でした。

 『「ビル」を街ごとプロデュース――プロパティマネジメントが ビルに力を与える』(岩田研一/著、ダイヤモンド社/刊)によると、1970年代から1980年代にかけての東京は新宿や池袋に超高層ビルが次々に建つなど新興オフィス街が脚光を浴びる一方で、昭和のイメージを引きずったままのオフィス街だった丸の内は建物や施設の老朽化が進み、その存在感はかなり薄れていたようです。

 そんななかで出たのが上記の夕刊の見出しだったわけですが、これにショックを受けたのが、この地区の開発を主導してきた三菱地所グループです。

 実はこの記事が出た時点で、すでに丸の内では古くなった街並みを一新しようという再開発事業は始動していて、旧丸ビルの取り壊しも決まっていたのですが、計画の遅れを記事で指摘され、「黄昏の街」呼ばわりされたのでは黙っていられません。同グループの面々は、丸の内を再び人どおりでにぎわう東京の中心地としてよみがえらせるべく奮起し、再開発に臨んだといいます。

 しかし、ただ古くなったビルを新しく建て直すだけでは、街の活性化にはなりません。
 象徴的なのが、夜の街並みです。古くから丸の内に店を構える金融機関や証券会社は、遅くても午後6時にはシャッターを閉めて照明を消してしまいます。すると、繁華街ではない丸の内からは人が途絶えてしまう。これが90年代の丸の内の夜でした。

 これを変えるには、「オフィス街」という機能しか持たなかった「街のあり方」ごと変えなければなりません。

 その一つの解として挙げられているのが「丸の内を“人が住む街”にする」というものです。

 比較的新しいデータですが、千代田区のウェブサイトによると、2013年7月1日時点での丸の内の人口は6世帯7人です。90年代の丸の内もこれと大差はなかったはずで、いくらオフィス街だといってもあまりにも少なすぎます。夜の丸の内から人が絶えてしまうのは「住人がいないこと」も一つの原因だったのです。

 三菱地所プロパティマネジメント株式会社社長の岩田研一さんは、「人が住める街にする」ことを、丸の内の再開発の最終進化形だとしています。

 もちろん、そのためには学校や保育園、病院など、新たに整備しなければならない施設は山ほどありますし、これまでオフィス街として大人だけが利用する前提で設計されていた街を、子どもや老人の利用も考慮して作り変えなければなりません。それは広い層が楽しめるショップの誘致であり、街路樹の枝や、建物の中の小さな隙間、電源のコンセントの位置など街の隅々から、子どもや老人ならではの危険を取り除くことです。

 ビジネスの街から、老若男女誰もが快適に集う街へ。これらの取組みを根気強く続けた結果、丸の内は今再び輝きを取り戻しています。