自民党の埼玉県支部連合会が天野氏への出馬要請を発表したのは、5月13日だった。埼玉県出身で名門の県立浦和高等学校、日本大学医学部卒の天野氏は、2012年に天皇陛下の心臓バイパス手術を執刀したことで有名だ。
難攻不落とされる現職の上田清司知事の4選阻止に向け、自民党は「勝てる候補」として天野氏に白羽の矢を立てた。出馬要請を受けた天野氏は「保留」としていたが、内実は要請を受託する方向で身辺整理を進めていた。
「天野氏にとって、『陛下の執刀医』という重圧はあまりに大きかったのです。『もう、手術で失敗は許されない。医療の世界から離れてもいい』と周囲に漏らすほどだった天野氏にとって、自民党からの知事選出馬要請は、実は渡りに船だったのです」(順天堂大学関係者)
天野が立てば、上田は出られなくなる――。自民党幹部はそうほくそ笑んでいたが、その夢物語はあっという間に終わりを告げた。前出の自民党関係者が打ち明ける。
「党が5月23日、24日と30日、31日に行った情勢調査で、天野氏はいずれも上田知事にダブルスコアで引き離されていたのです。党執行部には衝撃が走りました」
まさかの天野氏の不人気。それに加え、選挙戦で売りとなるはずだった「冠」を使えないことを、党はすっかり忘れていたというのだ。
「皇室の政治利用になるため、選挙用のポスターやチラシで『陛下の執刀医』とうたえないことが後になってわかった。選挙になったら“ただの医師”にすぎない天野氏に勝ち目はない。党として、そこに気づかなかったことは、お粗末というしかない」(自民党関係者)
4選に向けて出馬を表明した上田知事に対し、自民党は「上田知事は、在任を『連続3期まで』と定めた『多選自粛条例』を自ら破ることになった。これは公約違反ではないか」と攻撃を強めている。しかし、7月23日の告示までに対抗馬を担げず、自民党の“不戦敗”となる可能性もささやかれている。
安全保障関連法案の違憲論争や年金情報の流出問題で自民党への逆風が強まっている現在、“負け戦”とわかっていながら挑む者などいない。
「そういえば、片山さつき参議院議員が意欲的だったな。次期参院選での比例優遇を条件に、彼女に出てもらおうか……」
自民党幹部の間では、こんな冗談とも本気ともつかない、ため息まじりの会話が飛び交っている。
(文=編集部)