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清水和夫「21世紀の自動車大航海」(12月10日)

乗員の頚動脈切断、腕に刺さる…タカタ、危険を知りつつ販売続行で最終局面に

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「Thinkstock」より
 タカタエアバッグ問題がついに最終章を迎えた。タカタが扱う硝酸アンモニウムのガス発生剤の安全性が証明できないため、自動車メーカーは採用しないことを決定。タカタとの関係がもっとも深い本田技研工業(ホンダ)も、当該エアバッグを採用しないことを表明した。そもそも何が問題で、どんな事故が起きたのか、あらためて振り返ってみたい。

 最初の死亡事故が起きたのは2009年5月のアメリカ。当時18歳だったアシュリー・パーハムさんは01年式ホンダ・アコードを運転しているときに事故に遭った。事故そのものは死に至るような激しいものではなかったが、ある金属片が彼女の頸動脈を切断したのである。その後の事故調査で明らかになったのは、事故の衝撃でタカタ製エアバッグが作動した際に金属製容器に入ったガス発生剤(火薬)が異常爆発を起こし、本来なら壊れないはずの金属容器が無残に破壊されたことだった。彼女を守るはずのエアバッグは凶器に変わったのだ。

 米道路交通安全局(NHTSA)は設計値以上の爆発力が生じた可能性を指摘した。ホンダはこれを受けて同年6月にリコールするも、異常爆発の根本原因が明らかになっていないため、リコールの範囲は限定的なものだった。

 実はこのときのリコールは2回目で、最初のリコールは08年9月に行っている。というのも、00年代中ごろから当該エアバッグを装備したホンダ車において、エアバッグの異常爆発の事故が起きていたのだ。ホンダは全容をつかんではいなかったが「タカタ製エアバッグで何かが起きている」と考え、事故を起こしたインフレーター(ガス発生装置)を搭載した前後の型の車両を含めて調査リコールを行ったのである。

 不幸にも2件目の死亡事故は2回目のリコール直後の09年12月に発生した。3件目は13年。さらに14年に2件、15年にも1件の死亡事故が起きてしまった。事故が起きるたびにエアバッグのリコール範囲を広げたが、原因は推測の域を出ることはなかった。

硝酸アンモニウムの安全性に疑問の声

 筆者がこの問題を取材するようになったのは1年ほど前からだが、その時から問題の深刻さを感じ、事故再発を防ぐために各メディアを通じて2つのことを提案していた。

(1)硝酸アンモニウムだけでなく、エアバッグの性能保証期限を10年とすること。1990年代中ごろまではエアバッグの先駆者であったメルセデスとホンダは10年という期限を区切っていた。車内に装備される硝酸グアニジンを使う発煙筒でさえ、4年交換と決められている。