筆者は職業柄、テレビを観ていてもタレントやスポーツ選手の歯やかみ合わせの具合を観察してしまいます。
数年前からとても気になっているのが、不自然に真っ白い人工の歯に替える人が増えていることです。元大リーガーの新庄剛志氏が初めてだったと記憶していますが、初めて目にした時は、よくこんな不自然な色の物を平気で入れていられるものだととても驚きました。最近では覚醒剤事件で逮捕された清原和博被告の異様に白い歯も印象に残っています。
自ら望んだ色なのか、歯科医にそそのかされたのかは知るよしもありませんが、いずれにしても天然の歯にはない異様な白さです。モデルや女優にもこの白い歯に替える人は増えつづけており、困った傾向だと憂慮しています。
こうした“白すぎる歯”が一般の人の目にはどう映るのか、歯科関係以外の知り合いに尋ねてみたところ、「不自然で気味が悪い」「白くてキレイ」「自分の歯の色が気に入らないので、お金があれば自分も替えてみたい」といった回答がありました。
初めは異様に思えたものが、いつのまにか一般化してゆくこともままあることなので、専門家として、この白すぎる歯を「キレイ」と感じる人が増えてくる傾向に強く警告を発したいと思います。
日本人は「白い歯信仰」が強く、歯は白いほうが良いと盲信していますが、歯の色は個性であって、良し悪しの指標ではありません。根拠のない白い歯信仰が、いらぬ「歯の色コンプレックス」を生み、行き着く先が自然の歯にはあり得ない異様に白い人工歯に替えるという行為なのです。
健康な歯を削ったり抜いたりしてまで「白い歯」に替えるのは、どう考えても行きすぎです。美容整形が一般化し、体にメスを入れることへの抵抗感が薄れたせいか、見た目を変えるためだけに歯を削ったり抜いたりすることへの抵抗も薄れているようです。本当に困った傾向です。
健康な歯を削ることのリスク
不自然な白い歯は、スーパーホワイトセラミックという材料を加工してつくります。健康な歯を小さく削り、その上に白い人工歯を被せるのです。
この白い歯をウリにする審美歯科では、“芸能人のようなスーパーホワイトの歯をお望みで「通常」の審美歯科治療には満足できない方にオススメです”と、自ら「通常ではない」、すなわち「異常」な治療であると認めています。
虫歯や歯周病などの治療で、歯を削ったり抜いたりすることは仕方ありません。疾患を治療して、よくかめるように機能回復するのがすべての歯科治療の目的です。健康な歯を削ったり抜いたりすることは、基本的にしてはいけない行為なのです。一度削ってしまった歯は元には戻せません。
かみ合わせの変化がもたらす副作用
清原被告がまだ現役の野球選手だった頃、上下の歯を真っ白い歯に替え、明らかに下顎の位置がズレたのが見て取れました。かみ合わせが変化したのです。人工の歯に替えるときの一番のリスクは、それまでのかみ合わせが変化してしまう可能性が大きいことです。
かみ合わせの変化によって、歯や顎の痛み、頭痛、肩こりなどの諸症状に悩まされることも決して少なくありません。筆者の医院には、そうした患者さんが訪れ続けています。
スーパーホワイトセラミックの一番の問題点は、削る本数を増やさざるを得ない仕組みにあります。たとえば、前歯1本に被せ物をする治療の場合、通常は両隣の歯の色に合わせることで違和感のない色調の人工の歯1本のみを被せて終了です。しかしスーパーホワイトにすると、両サイドの歯はもちろん、下の歯とも色調が合うはずがありません。そこで、歯科医は犬歯から犬歯までの6本、さらに下の歯6本を人工の歯に替えることを勧めます。こうして上下で計12本の真っ白い人工の歯が輝くことになるのです。
12本も一度に替えれば、当然かみ合わせも大きく変化します。体に不調が現れるリスクを背負うことになります。削る歯が1本で済むところ、12本に増えればそれだけ患者のリスクは増えますが、逆に歯科医の儲けは増えます。ある審美歯科の料金表によると、スーパーホワイトセラミックは1本12~17万円となっており、非常に高額です。
見た目優先のスーパーホワイトには、「かみ合わせ」という大切な歯の機能を壊すリスクが潜んでいます。高い料金を払い、健康な歯を削ってまで受ける治療ではありません。
(文=林晋哉/歯科医師)